五輪BMX新種目、補欠は「生きる伝説」 道を切り開いた選手の夢

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荻原千明
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 BMXで宙を舞うオリンピック(五輪)の新種目が31日に始まる。パーク内の様々なジャンプ台を使って1分間、空中で技を披露するフリースタイル・パークだ。日本代表は19歳の中村輪夢(りむ)選手。補欠に回ったのは、この種目の先駆者で「生きる伝説」と言われる32歳の高木聖雄(としお)選手だ。かつて一緒に米国に渡った一回りほど年下の少年の活躍を願っている。

 高木選手の競技人生は、岐阜県養老町で始まった。小学校から帰ると、自転車で山へ向かう。拾った板を大きめの石に斜めに立てかけて即席ジャンプ台を作り、一人で飛び続けた。中学2年の終わり、ジャンプするとママチャリのフレームが折れた。向かった自転車屋で勧められたのが、BMXだった。

 週末になると校庭に走り高跳び用のマットをこっそり引っ張り出し、何度も頭や背中から落ちながら、後方に一回転する技「バックフリップ」を習得。中学3年のころ、愛知のパークで披露すると、「誰だこいつ」と周りの大人がざわつき、歓声が上がった。「ちょっとヒーローになれた」

 2008年に高校を卒業。検査機器の工場に就職したものの残業が多く、パークに行ける時間が減った。休憩時間に青空を見て思った。「俺、何やってるんだろう」。2年で退職し、BMXで生きていこうと決めた。目標は世界一。だらだらするのは嫌だから、18年までと期限を決めた。

 練習環境を求めて豪州に渡り、22歳になる11年に日本チャンピオンになった。スポンサーがつき、飯が食えて、テレビに出て――。こんな世界を想像していたが、何も変わらなかった。アルバイトなどで海外渡航費を工面する日々が続いた。

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 15年には岐阜県内の商業施設の駐車場の端にテントを張って1週間、パフォーマンス。スーパーの出口で看板を持ち、「ぜひ見てください」と呼びかけた。応援してくれる人にTシャツを買ってもらって本場・米国の大会にも出場し、金と銀のメダルを持ち帰った。この年、2人で一緒に海を渡ったのが、当時中学生の中村選手だった。13~15歳クラスで優勝し、世界で名を知られ始めた時期だ。

 17年、フリースタイル・パ…

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