被爆した「一夫」は私だ 手帳求める100歳のカズオ氏

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阿久沢悦子
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 76年前の広島で原爆投下の瞬間を見た100歳の男性が7月、東京都被爆者健康手帳の取得を申請した。広島市の戦災誌にも本人の被爆証言があるが、名前の誤記などを理由に一度は申請が却下されていた。がんを患う中、新たな証拠に基づいた今回の再申請は受理され、都は手帳交付に向けた調査を始めた。

 男性は東京都調布市の岩下運雄(かずお)さん。東京帝大在学時に学徒出陣し、陸軍船舶司令部(暁部隊)の見習士官になった。原爆が投下された1945年8月6日は、爆心地から約4キロ南の宇品港で、輸送潜航艇の出航準備をしていた。突然頭上がピカッと光り、熱くなった。

 《太陽のような火の玉を見た。瞬間、その火の玉の下に、火の玉と地上を結んだように火柱が立った》

 《出航し、直ちに潜航。呉寄りの沖で浮上して見たら広島上空に茸雲(きのこぐも)》

 その証言は、広島市が71年に発行した「広島原爆戦災誌」に「岩下一夫氏談」として収録された。このとき、名前が誤記された経緯は判明していない。

 潜航艇は原爆の4日後に広島…

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