つらい時こそ踊りませんか?被災地のダンス教室が再始動

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星乃勇介
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 宮城県気仙沼市に、1年ぶりに社交ダンス教室が帰ってきた。津波で流され、移転先でも立ち退きを迫られた。諦めかけた主宰者の背中を押したのは、被災した生徒たちの声援だった。震災から10年が過ぎた、新たな街で「3曲目」が始まる。Shall(シャル) we(ウィ) ダンス?

 5日夜。同市内の脇1丁目の「気仙沼ダンススタジオ」。軽快な音楽に合わせ、10人ほどの男女がジルバを踊り始めた。教室の主宰者で、指導者の菅原哲哉さん(63)が声を掛ける。「基本動作、忠実に!」。玉の汗を浮かべる70代の男性は、笑顔で「1年のブランクはきつい。だけど、久々に楽しいなあ」。

 菅原さんが教室を開いたのは1997年。それまで市内にはサークルしかなく「正式な教室ができたのはたぶん初めて」だった。ちょうど、映画「Shall we ダンス?」(96年、周防正行監督)が大ヒットしたころ。小学校低学年から70代まで、市内はもとより栗原市岩手県南部から、100人以上が習いにやってきた。

思い出も、苦労した歴史も、跡形なく消えていた

 それから13年が経った20…

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