稲垣吾郎さん 「広島に原爆を落とす日」が教えてくれた

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聞き手・長谷川陽子
写真・図版
稲垣吾郎さん=伊ケ崎忍撮影
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 僕が最初にテレビドラマに出たのは、1989年放送のNHKの朝の連続ドラマ「青春家族」でした。勘違いかもしれないけど、初めてなのに水を得た魚のようにすいすいお芝居ができたんです。それに、芸能界に入って初めて人からほめられたんですよ。子供のころから取りえがなくて何ひとつほめられたことがなかったし、当時はアイドルグループで活動していて、ひとりで何かを認めてもらえるということが僕はなかったから。ここが自分の居場所で、俳優でやっていきたいと思ったんです。いろんな仕事をしていますけど、帰る場所は役者だと今でも思っています。

 舞台俳優としての扉を開いてくれたのは、つかこうへいさんの「広島に原爆を落とす日」です。1997年と98年に主役の軍人を演じたのですが、舞台は2作品目だったので右も左もわからなくて。すごい量のセリフで、ラストには10分ぐらいのひとりしゃべりがあってね。今でも全部覚えていますよ。

写真・図版
伊ケ崎忍撮影

 79年の初演時の主役は風間杜夫さんで、風間さんのセリフを録音したテープを繰り返し聞きました。風間さんは舞台も見に来てくれて、うれしかったですね。演出はつかさんではなくて、いのうえひでのりさんだったのですが、よく言われたのは、僕は指が長いから手が目立つんだと。軍人役だからびしっと立つ芝居が多いんだけど、手を小さく見せるために指先を内側に少し曲げるようにしていました。手の動き、指の先まで神経を使わなければいけないということですね。

 つかさんの作品はエモーショ…

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