人がいない「花の都」にため息 日比谷公園に活気戻るか

川口敦子
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 平日は周辺のオフィス街から。週末は多彩なイベントに。日比谷公園千代田区)は、多くの人々が常に行き交う「休みのない公園」だ。

 「寂しいですね。こんなに人がいないのは、見たことがない」。園内にあるレストラン「日比谷松本楼」の広報を務める寺内晋(すすむ)さん(41)はため息をつく。新型コロナウイルス対応の緊急事態宣言が出ている7月の平日。園内のベンチはがら空きだった。

 ♪花の都の 花の都の真ん中で サテ ヤットナ ソレヨイヨイヨイ

 盆踊りの定番「東京音頭」でうたわれる「花の都の真ん中」は、この公園を表しているかのようだ。東に丸の内や銀座、西に霞が関、南に新橋、北に皇居。東京音頭の本歌(もとうた)「丸の内音頭」は、日比谷公園が発祥ともいえるものだった。

 不況下の1932年、地域を盛り上げようと、商店主たちが丸の内音頭の盆踊りを公園で始めた。戦況の悪化を機に中断したまま長い年月が流れたが、公園の開園100周年の2003年に復活させた。

 ライトアップした噴水を中心に、祭りばやしに誘われて、ひとり、またひとりと踊りの輪に加わる。近隣の外資系企業の社員や帝国ホテルの宿泊客ら国際色も豊かで、例年約4万人が訪れる盆踊りに成長した。

 松本楼の小坂哲瑯・前会長は、東京五輪の閉会式に盆踊りを採り入れる提案をしていた。企画書を作り、自民党の国会議員らを回る熱の入れようだったが、五輪を見届けることなく、18年に86歳で亡くなった。

 コロナ禍で、松本楼の客数は3割程度。年間60回以上ある園内のイベントは、昨年はほとんど開かれなかった。盆踊りも、中止に追い込まれた一つだ。

 花の都の真ん中に、活気が戻るのはいつだろうか。(川口敦子)