「伝説のキャプテン」との共通点 サッカー代表率いる吉田麻也の挑戦

サッカー

吉田純哉
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 日本の男子サッカーで五輪に3大会出場したのは、2人しかいない。今夏の東京五輪で主将を務めるDF吉田麻也(32)=イタリア・サンプドリア=と、1968年メキシコ五輪で銅メダルに輝いたMF八重樫茂生さんだ。八重樫さんはその献身性で、「伝説のキャプテン」と呼ばれた。53年の時が経ち、この2人の姿勢には重なるものがある。

 メキシコ五輪日本代表メンバーの松本育夫さん(79)は「八重樫さんは素晴らしいキャプテンだった。リーダーとして、周りの選手たちの能力をいかに発揮させるかと考えていた。そこは吉田と共通するんじゃないかな」と話す。

 2011年に78歳で亡くなった八重樫さんは1956年メルボルン、64年東京、68年メキシコの3大会に出場した。練習でパスミスした選手には、転がっていったボールを自ら取りにいかせ、パスミスを減らそうとした。

 主将として挑んだメキシコ五輪では初戦で相手のラフプレーを受けて負傷し、その後は出られなかった。悔しさを押し殺し、ユニホームの洗濯役を買ってでていた。「キャプテンがそんなことをしないでください」と懇願する若手には「俺にはこれしかできない。俺の気持ちがわかったら、早く休め」と答えた。

 そんな八重樫さんに出場回数で肩を並べた吉田も、高いリーダーシップで知られる。守備ラインを統率し、プレーで引っ張るだけではない。精神面で大きな柱となっている。7月31日の準々決勝で格下と見られたニュージーランドとの対戦前にも、「俺たちはまだ何もつかみとっていないんだぞ」と仲間の気を引き締めた。そしてPK戦の激闘を制して、2大会ぶりの4強入りを決めた。

 「キャリアの中でも最高だったと、大会後にみんなが感じられるようにしたい。若い選手は気持ちの乱れや、コンディショニングのばらつきがある。うまく先導できればいい」。21歳から日本を飛び出して海外でプレーしてきた。ピッチ外では「語学教室」を開くなどし、海外挑戦に挑む若手を後押ししてきた。

 その後、男子サッカーはプロにも門戸が開かれて、年齢制限も設けられた。吉田は08年北京五輪には19歳で参加した。4位となった12年ロンドン五輪、そして今大会とオーバーエージ枠で選出された。「3回も出られるのは本当に幸運。前回のロンドンで4位だったので、残るはメダルしかない。そのためにオーバーエージで呼ばれたと思っている。あとは結果で恩返しするしかない」と意気込む。

 日本は3日の準決勝でスペインと対戦する。勝てば、過去最高となる銀メダル以上が確定する。松本さんはメキシコのメンバーを代表して言う。「メキシコの銅で50年間も騒いでいてはだめだ。今の選手は海外にも出ているし、力がある。日本のサッカーにとって、ぜひ越えて欲しい」(吉田純哉)