代名詞の投げ技封じられて完敗 グレコ文田健一郎、スタイルは貫いた

レスリング

金子智彦
[PR]

 マットを下りて、松本慎吾監督にしなだれかかる。文田健一郎の涙腺は決壊した。

 「ふがいない結果に終わって本当に申し訳ない」

 男子グレコ勢37年ぶりの金メダルを逃し、うつむいたまま会場を後にした。

 投げて、投げて、投げまくる――。決勝で相まみえたオルタサンチェスキューバ)に、そんな文田の強みは徹底的に潰された。

 文田は手首を執拗(しつよう)につかまれ、投げの出発点となる右を差し込めなかった。

 相手の圧力に押され、寝技の防御でも失点して焦りを募らせた。

 「投げなきゃ」

 相手を自らの懐に呼び込むその行為が、より押し込まれることにつながった。

 完敗。それでもスタイルは貫いた。

 投げ。文田は「戦略的にも、感情的にも、すごく大切にしたい」という。そこには、地元の山梨・韮崎工高レスリング部監督を務め、自身もグレコ選手だった父敏郎さん(59)と共通の思いがある。

 2004年アテネ五輪の投げ技を集めたDVDを父が文田に見せると、「かっこいい。やりたい」とまんまと乗ってきたという。

 小さい頃から跳んだりはねたり、マット上で遊び、柔軟性は養われた。背中から腰にかけての筋肉と関節が柔らかく、投げたときの反り返る角度が深い。その柔軟性とネコ好きが相まって「にゃんこレスラー」と言われる。

 グレコは下半身を攻撃できない。敏郎さんは「筋肉マン同士の押しくらまんじゅうみたいで、見ていて面白くないときがあった」。どうしても押し合いが続き、地味な試合展開になりがちで、日本ではフリースタイルより人気がない。

 そんなイメージを崩すべく、文田は「反り投げ」を磨いた。正対した相手の背に両腕を回し、ブリッジの体勢で後方に投げる技だ。

 17、19年の世界選手権を制し、投げ技は文田の代名詞になった。相手は警戒する。五輪4試合で1回も仕掛けられなかった。

 「自分が日本のグレコを牽引(けんいん)していく気持ちでやっていた。もう一歩ダメだった」。だからといって、進んできた道を変えるつもりはない。

 「まだ、父から教わった投げるレスリングを世界で通用させられていない。3年後は笑ってマットを下りられるようにしたい」。五輪の借りは五輪でしか返せない。(金子智彦)