北朝鮮の婚活ものがたり 国境で手渡すメモに人生かける
川一つ挟んだ北朝鮮を眺めるのは幾たび目か。中国と北朝鮮の国境となっている鴨緑江や豆満江。観光地にもなっており、多くの人が訪れる遼寧省丹東市付近では鴨緑江の川幅が1キロ以上ある場所がほとんどだが、数百キロ続く国境線の中には、川幅が狭く対岸から人の表情までもがよく見えるところもある。
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時に零下20度まで下がる雪深く長い冬がようやく去り、枯れ木ばかりの風景に緑が交じり始めると、農作業に汗を流す、日に焼けた北朝鮮の村人の姿が見られるようになる。ゆっくりと自転車をこいで田畑に集まり、すきを引く牛の背中をなで、身をかがめながら肥料をまく。「こっちに持ってきてよー」「協力してやりなさーい」。掛け合っている言葉が時折、風に乗って聞こえてくる。
今年の田植えは昨年よりも時間がかかっているな。そんなことに気づくと、「なぜ」の答えを探し始める。
経済制裁によるガソリン不足でトラクターを使わぬ手作業が増えたこと、夏の豪雨に備えて山の保水力を高める植林に例年より時間をかけたこと。北朝鮮の事情を知る人の話をたどるうち、そんな理由が浮かんでくる。
北朝鮮国境に近い遼寧省の瀋陽支局長にとって、国境の人々の生活をたどるのは仕事の中の日常だ。情報が遮断された北朝鮮。金正恩(キムジョンウン)体制の権力基盤は盤石か、米国との非核化交渉の行方は――。そんな大きな時代のうねりの一方、ここで見聞きする風景や話の中の「なぜ」をたどると、北朝鮮の人の素顔や「小さな物語」にふれることがある。
世界の隅々まで取材網を張り巡らせるAP通信やロイター通信などの欧米メディアがいない特異な場所に赴任して3年近くがたつ。この間に見聞きした、ニュースと言うには及ばない素朴な庶民の話の幾つかを紹介したい。
鴨緑江にかかる丹東市の中朝友誼橋のたもとは今や普通の観光地だ。川沿いには観光客に北朝鮮の民族衣装を貸し出したり、土産用の北朝鮮紙幣を売ったりする露店が並び、連休などには肩がぶつかるほどの人が詰めかける。みんな北朝鮮を背景にした自撮りや買い物に忙しく、緊張感はない。
一方で、300メートルほど離れた税関施設は今、出入国手続きをする人もなく閑散としている。新型コロナウイルス禍で北朝鮮が国境を封鎖し、人の往来が絶えて1年半が経つ。北朝鮮への日帰り観光も再開されないままだ。
この税関の周りにはコロナ禍以前、故郷へ帰ったり、短期ビザの更新のために対岸との間を往復したりする北朝鮮人たちの姿があった。
最も目についたのは、中国の工場で働く女性労働者の一団。長い黒髪を後ろで束ね、夏はポロシャツ、冬はダウンにズボン姿の女性たちは、入り口そばの道に止められた大型バスから周囲を気にしながら降りてきて、みやげを詰めたバッグを背負って施設に入っていく。そして頻度は少ないものの、ワイシャツにスラックス姿の日に焼けた男性の一団も見かけることがあった。ロシアで森林伐採をする労働者の一部の帰国ルートになっているとのことだった。
男女の両者が鉢合わせた時に…