米国は原爆を謝罪するか 戦争の記憶、米教授が見た変化

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聞き手・国際担当補佐 城俊雄
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 どの国にも戦争をめぐり国民が共有する「記憶」と「物語」がある。しかし、それらは時代の変化にともなって変わる――。グローバルな視点から第2次世界大戦をめぐる国々の記憶を研究してきたコロンビア大のキャロル・グラック教授(日本近現代史)はこう話す。戦後76年間、日本の物語はどう変化したのか。記憶の変化は、日本とアジア諸国の関係にどんな影響を与えたのか。(聞き手・国際担当補佐 城俊雄)

「不可逆的な解決」が形骸化した日韓の失敗

 ――グラックさんが戦争と記憶の研究に取り組み始めたのは冷戦後間もない頃でしたが、冷戦の終結は戦争の記憶に大きな変化をもたらしていたのですか。

グラック 冷戦の終結は重要な要因の一つでしたが、90年代はいくつかの要素が重なって記憶の変化を加速させていました。一つは、80年代以前から起きていた戦争の記憶への関心の高まり。もう一つは、冷戦後、特に東アジアと東欧・中欧に起きた第2次世界大戦をめぐる、いわゆる記憶の「復活」です。戦争の記憶への政治的、文化的、社会的な関心の高まりを背景に、50年代には公には語られることのなかった体験が語られるようになってきました。こうした変化の背景は冷戦終結だけではありませんでした。例えば、戦後数十年が経って戦争責任はヒトラーやムソリーニ、東条といった政治リーダーだけでなく、一般市民の問題でもあるという考え方が広まりました。そして元慰安婦のように、それまで戦争の記憶に居場所を持たなかった人々が自らの体験を語り始めたのもそのもう一つの例です。これは冷戦の終結だけでは説明がつきません。50年代や60年代にはなかった人権や女性の権利に対する国際的な意識の高まりといった動きも起きていたのです。だから90年代は「記憶の大釜(a cauldron of memory)」となったのです。

キャロル・グラックさん略歴

1941年生まれ。コロンビア大学歴史学教授。専門は日本近現代史。90年代から重要なテーマの一つとして第2次世界大戦をめぐるアジアやヨーロッパの「共通の記憶(パブリック・メモリー)」を研究している。著書に『歴史で考える』『Thinking with the Past: the Japanese and Modern History』など。

 様々な国の人々が自分たちの戦争体験を覚えておいてほしいと思い語り始めました。米軍のアフリカ系米国人からソ連軍の衛生兵として戦った女性たちまで、多くの人たちがそれまで公に語られたことがなかった物語を語り始めました。研究者が「記憶の活動家」と呼ぶこうした人たちとその支持者たちは、「私たちの物語は語られていないし、認知もされていない」と感じたのです。自分たちの歴史を覚えておいてほしいと願っている人々もいたし、謝罪を求め、また不正義に対する補償を求める人々の数も増えていきました。記憶の活動家たちは何十年も存在していましたが、90年代にこうした人たちの話に以前よりも耳が傾けられるようになってきました。

 ――この時期、日本の物語はどう変わりましたか。

グラック 日本人の進歩派と記憶の活動家が長い間批判していた日中戦争の記憶が大きく抜け落ちていた日本の物語は、80年代に入ると少しずつ壊れ始めました。1982年に中国が日本の歴史教科書の記述をめぐり日本と対立するといった問題が起きました。そして80年代末に冷戦が終わると、日本の物語から抜け落ちていたアジアの戦争をめぐる記憶を思い出すよう求めるアジア諸国からの挑戦を受け、凍結されていた物語が溶け始めました。中国や韓国などアジア諸国から歴史問題が日本に突きつけられました。この問題は日本と中国、韓国、東南アジア諸国の間に多くの政治的緊張をもたらしてきました。

 ――日米の原爆の物語も変化し始めたのですか。

グラック この点は私にとっても疑問の一つなのです。私の知る限り原爆の物語はあまり変わらなかった物語です。もちろん様々な意見はありますが、少なくともこの物語の主要部分は変わっていません。これは一つの謎です。

 ――しかしオバマ大統領は2016年の5月に米大統領として初めて広島を訪問しました。これは米国の原爆の物語も挑戦を受けているということを示していませんか。

グラック 米国の原爆のメイン…

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    三牧聖子
    (同志社大学大学院准教授=米国政治外交)
    2021年8月15日18時30分 投稿

    【視点】『戦争は女の顔をしていない』などで知られる作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、国家が語る「大きな歴史」の中ではかき消されてきた「小さき人々」の声を聞き取り、そのような人々の声から、歴史を立ち上げることの重要性を指摘している。 確

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