高校時代に学んだ言葉が励み ヤクルト・歳内宏明選手

聞き手・福地慶太郎
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 震災と原発事故による未曽有の危機に直面していた10年前の夏、福島県の多くの人の期待を背に甲子園のマウンドに立った。聖光学院のエースだった歳内宏明選手(現・東京ヤクルトスワローズ)。感謝の気持ちを胸にプレーした当時を振り返りつつ、コロナ禍の中で白球を追う後輩たちにエールを送った。

 ――関西出身ながら、甲子園常連校の聖光学院へ進学した歳内投手。当初は甲子園へのこだわりはなかった。

 「中学生の頃は甲子園に出るより、プロ野球選手になりたい、自分がうまくなりたい、という気持ちが強くありました。そこまで甲子園にこだわりがなかった。中学時代に所属していたチームの監督から聖光学院を勧められたのですが、それも下級生の育成に力を入れているBチームが聖光にはあるぞ、と言われただけで。見学に行くと、すごくきびきびしていて、雰囲気がよかったので、進学を決めました」

 ――だが、チームの勝利より個人成績を重視する姿勢に「喝!」を入れられる日がきた。高校2年生の春だ。

 「僕が投げた試合後のミーティングで、斎藤智也監督から厳しく、叱られました。投げられなかった3年生が試合中に『投げる準備はできています』と監督に報告していたと聞いて、試合に出たい気持ちは自分よりも3年生の方が強く、必死なんだなと感じました。自分がうまくなりたいと思っていたのが、先輩たちと一緒に甲子園に行くんだという気持ちに切り替わりました」

 ――斎藤監督は「あの日をきっかけに、歳内は180度変わった」と振り返る。高速で沈む変化球「スプリット」を覚えたのも、その頃だった。

 「もともと投げていたフォークは、一度ちょっと浮いて沈むチェンジアップみたいなボールでした。それを監督に言われて、浅く握るようにしました。ちょうどフォームを変えて、ストレート自体が速くなった時期でもあって、スピードも上がり、軌道が真っすぐに近いボールになりました」

 ――2年夏は、スプリットを武器に甲子園8強入りに貢献した。

 「試合ではもう、3年生の分も頑張るとか、そういったことを考える余裕はありませんでした。ただ、これは負けられへんっていう重圧が強かった」

 ――3年生に進級する直前、東日本大震災原発事故が発生した。

 「はじめは停電していて、テレビも付かず、地震や津波の被害などの情報も全然入りませんでした。もう野球どころじゃなくて、この先の生活はどうなるんだろう、と不安になりました」

 「震災の約1カ月後、監督に連れられ、部員みんなでバスに乗って津波の被害を受けた沿岸部に行きました。ひっくり返った車などが散乱し、更地のようになっていました。テレビや映画の世界のようで、これが現実だとは思えませんでした。トラックで避難所に届いた支援物資を運ぶボランティアもしました」

 ――高校3年時の夏の甲子園は、2回戦で金沢(石川)に敗れた。試合後の取材に「福島の人に申し訳ない」と語った。

 「野球どころじゃない人たちがいっぱいいる中で、僕たちは甲子園に行かせてもらっているんだと感じていました。試合に勝って、ちょっとでも明るい話題、楽しみになればという思いがありました。だからこそ、もっと多く試合をやりたかったです。そんな思いが、『福島の人に申し訳ない』という言葉になりました」

 ――その年の秋、阪神からドラフト2位指名を受けた。

 「当時、聖光学院からプロ野球選手になった人はまだいませんでした。斎藤監督は甲子園に出ているけど、プロは出していない、みたいな記事も読んでいたので、僕が高校からプロに行って見返したいと思っていました」

 「僕の父は兵庫県尼崎市で酒屋をやっていたのですが、阪神淡路大震災で被災して借金があり、ずっと働きっぱなしでした。借金の金額も知っていたので、契約金の一部を借金の返済にあてて全額返すことができました」

 高校3年の12月には、福島県伊達市仮設住宅でのボランティアにサンタ姿で参加。住民にプレゼントを配り、子どもたちとキャッチボールをした。

 「恥ずかしかった記憶しかないですが、子どもたちがすごく喜んでくれました」

 ――プロ入り後はけがに悩まされ、一度は戦力外通告を受けつつ、昨秋にプロ野球に復帰。高校時代に学んだ言葉が励みになっていた。

 「高校の時に斎藤監督が『乗り越えられへん試練はそいつに与えへん』とよくおっしゃっていて。リハビリ中とか、ボールが投げられない頃には、その言葉を思い出して、モチベーションを保ちました」

 ――新型コロナウイルスの感染拡大で、昨夏の甲子園は中止となった。球児たちにエールを送る。

 「試合の中では、目の前の1プレーに集中して、一喜一憂しないことが大事だと思います。今までやってきたことを信じて、思い切ってやってほしいなと思います。めちゃくちゃ緊張すると思いますが、不安だと思ってプレーするより思い切ってプレーするほうがいいと思います」(聞き手・福地慶太郎