「1日90円」から大人気配信者へ 気仙沼に帰ったワケ

星乃勇介
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 宮城県気仙沼市理学療法士、尾形竜之介さん(29)が、ストレッチの仕方を紹介するユーチューブチャンネル「オガトレ」が人気だ。登録者数は80万人超。地元で活動を続けるのは、10年前のあの日、故郷にいなかったという後悔があるからだ。

 7月初旬、市内のアパートの一室で尾形さんが、前月公開したばかりの無料ストレッチアプリ「オガトレHIT」を実演していた。音楽を聴きながら表示に従って体を動かすと点数がつく。「長く楽しめるようにゲーム性を持たせました」

 気仙沼高を出た後、「誰かに直接喜んでもらえる仕事がしたい」と理学療法士を志し、仙台市内の専門学校に進学。その翌年に東日本大震災が起きた。仙台のアパートで昼寝をしていて、揺れに跳び起きた。気仙沼の実家への電話は通じたが、すぐ不通になった。

 戻れたのは2週間後だった。市内の鹿折(ししおり)地区にあった自宅は1階天井直下まで津波に襲われ、部屋の中にマグロが流れ着いていた。身内は幸い無事だったが、友人には親やきょうだいを亡くした人も多かった。

 卒業後は仙台市内での病院勤務を考えていたが、気仙沼での実習を機に、Uターンが頭をよぎった。あの日、何もできなかったという負い目があった。街は少しずつ復興に向かっている。「俺は何もしなくていいのか?」。自問自答の末、気仙沼市立病院を選んだ。スポーツ外来などでリハビリを手がけた。

 子どもたちを診ていて、体の硬さが気になった。あぐらがかけない、しゃがめない、背もたれのない椅子に座れない。硬い体でスポーツをするから、ケガをする子が少なくない。車社会の弊害か、家でのゲームが原因か。理由は分からないが、「これはまずい」と直感した。

 予防にはストレッチが効果的だ。病院に来ない子たちにも伝えようと、動画で紹介しようと考えた。2年前、「サッカーのスローインが上手になるストレッチ」の動画をユーチューブで公開した。

 当初は再生回数は伸びなかった。チャンネル登録者数も2カ月で1千程度。3時間睡眠で作り続けたが、広告収入は1日90円そこそこ。それでも「体が柔らかくなった」といった反応を励みに、週3、4本投稿し続けた。

 6年勤めた病院から福祉施設に移った後、2020年春にユーチューバーとして独立した。そのころ、コロナ下での一斉休校が始まっていた。

 テレワーク対策、寝る前の疲れとり、開脚……。簡単なものからきついものまで目的ごとに次々配信。時には気仙沼の漁港や安波山で撮影することも。漁港の街にちなんで、マットは海をイメージした色のものに変えた。

 巣ごもりのなか、家でできる運動として注目を集め、チャンネル登録者数は月10万人単位で増えていった。最初の投稿から2年7カ月、動画は300本、登録者数は87万人に達した。90歳の女性から「活力が湧いてきた。100歳を目指す」というコメントが届いたこともある。

 20年夏には会社を立ち上げ、地元の企業と協力してグッズを販売するようにもなった。

 震災10年、そしてコロナ禍。前向きになれない人でも、体が柔らかくなれば、心も和らぐはずだ。少し、幸せになれるかも。そのきっかけを届けたい。そして、気仙沼は若者が夢を実現できる街だと証明したい。

 そう考えている。(星乃勇介)