歩型がきれいな人に輪島塗の盾 五輪で金、「競歩の里」石川県の悲願

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酒瀬川亮介
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 日本の競歩はいま、世界のトップレベルにある。2年前の世界選手権では、男子20キロと50キロでともに金メダル。世界の「競歩王国」とも評され、東京オリンピック(五輪)の日本陸上チームで、最もメダルに近い位置にいる。

 そんな世界の一線で戦う日本代表選手のほとんどが集う場所がある。それが、石川県だ。「世界一」を目標に掲げた、ある五輪選手の熱意が、選手、指導者を育て、「五輪の金」に最接近している。

 日本陸連の競歩責任者、今村文男五輪強化コーチは石川県に寄ると、津幡町にあるお墓を参る。そこに眠る斎藤和夫さんは1964年東京、68年メキシコ両五輪代表だった。入賞に遠い成績を無念に思い、メキシコに競歩留学。標高の高いメキシコでの高地トレーニングを採り入れるようになった。

 「世界一を取るために、とよく言っていました」と教え子の一人、石田大介さん(旧姓・池島)は話す。石川・七尾工高時代から、メキシコ合宿にも参加した。「日本の競歩を国際化した人」とも話す。

 斎藤さんは選手を自宅に住ませて鍛えることもあった。アトランタ、シドニー大会で代表になった石田さんだけではない。女子のバルセロナ大会代表、板倉美紀さん、ソウル大会から3大会連続代表の小坂忠広さんも一から指導を受けた。

 「斎藤さんは指導者の指導者」と呼ばれる。斎藤さんの教え子たちがいま、国内屈指の指導者として現役選手を育てている。

 石川県には、ふたつの大きな競歩の大会がある。毎年4月に輪島市である日本選手権50キロ競歩、もうひとつは3月に能美市である全日本競歩20キロだ。

 市自らが「競歩の聖地」と名…

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