第15回待ち焦がれた東京、滑り込んだ決勝の舞台 笑顔こぼす走り高跳び女王

陸上

遠田寛生
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 待ち焦がれた舞台にマリア・ラシツケネ(28)は立てた。5日に行われた東京オリンピック(五輪)、陸上女子走り高跳びの予選に出場した。

 自己ベスト2メートル06で、世界選手権3連覇中のロシア出身の女王は動きが硬かった。180センチの長身がフワリと浮き上がる跳躍は影を潜め、1メートル95で2本も失敗。追い込まれた最終3本目でバーを越え、7日の決勝に滑り込んだ。

 「ずっと緊張していた。厳しい状況になったけど、これが五輪なんだろう。簡単にいかないことを分からせてくれたのだと思う」

 力むのも無理はない。東京五輪出場はこの6年ほど、数少ない光だった。

 「ROC」。今回の所属名で、ユニホームに印字されたロシア・オリンピック委員会の略称がすべてを物語っている。

 ロシア南部カバルジノ・バルカル共和国にある人口約5万人の町で育った。小学生だった2001年、先生の勧めで走り高跳びを始めた。15年の北京世界選手権で初優勝し、翌16年のリオデジャネイロ五輪で活躍が期待された。ロシアの組織的なドーピング問題がはじけるまでは――。

 代償としてロシア陸連は資格停止処分になった。リオ大会にロシアの陸上選手は米国を拠点にした1人しか出られなかった。

 その後も影響は続いている。ロシア陸連に反省や改善の兆しが見えず、資格停止処分は継続された。もう5年以上、陸上の主要な国際大会に「ロシア」は選手団として出ていない。

 17年、19年の世界選手権はともに個人資格での「中立選手」として出場が許された。ただ、19年11月にはロシア陸連の新たな不正が発覚。ドーピング違反を隠すために証拠書類の偽造などの不正に加担していたことが明らかになった。

 ラシツケネは地元メディアへの取材や、自身のSNSなどでロシア陸連を批判した。組織の一新を強く訴えた。好転しない場合は、練習拠点を外国に移す考えを示唆。周囲では国籍変更の可能性すらうわさされた。

 ロシア出身の選手が国の組織に意見する姿は珍しい。それだけ五輪への思いが強かった。19年ドーハ世界選手権の取材エリアで、東京五輪について聞いた時の表情が忘れられない。

 それまで無表情で淡々と話していたのが、東京五輪の話を向けると生気が宿り、声のトーンが上がった。「長い間、東京のためにすべてをかけて準備してきた。どうしても東京の舞台に立ちたい。全てがうまくいくことを祈る」

 新型コロナウイルスの影響で1年延期となった今年、ようやくロシア陸連に改善が見られた。東京五輪では、ロシアの陸上選手は最大10人まで出場できることが許され、選ばれた。

 長年の苦労の末にたどり着いた。5日、気温32度、湿度58%で強い日差しが照りつけた東京・国立競技場。予選を終えたラシツケネは取材エリアで気丈に話していた。何度も笑顔をこぼした。

 約2年ぶりに対面した記者の同じ質問には、「東京は本当に暑いね」と返し、噴き出した。そして言った。「開催してくれた東京に本当に感謝している」(遠田寛生)

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