清水希容、苦悩乗り越えつかんだ銀 「希望の器」が演武に込めた魂

空手

竹園隆浩
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 「積み上げたことを出し切る。自分を信じて」

 悲願である五輪に採用された空手競技の初日。女子形に登場した27歳の清水希容(きよう)は、小学3年生から続けてきた演武に、「魂」を込めた。

 決勝の相手は、予想通り、2018年に世界選手権決勝で敗れ、自身の3連覇を阻止された12歳年上のサンドラ・サンチェススペイン)だった。

 新旧女王対決で選んだ形は、所属する糸東流の最高峰と言われるチャタンヤラクーサンクー。長年の勝負形に全てをかけた。

 どっしりした腰の構えから伸びた背筋。四方八方の仮想の敵を見据える鋭い視線と気合。緩急や強弱。切れのあるジャンプなども織り交ぜた突きや蹴りで、彼女が持つ独特の空気感が日本武道館を包み込んだ。

 27・88点。世界最高の争いは相手も同じ形を打ち、わずか0・18ポイント差で銀メダル。「焦ってしまった。予選よりも足場がふわついていた。この舞台で演武できたのはよかった。でも、決勝はもっと気持ちを出せたんじゃないか。心残りというか、悔しい」

 13年に20歳で最年少全日本王者。翌年に世界王者に上り詰めた。だが、そこから苦悩が始まった。自身との戦いである形は地道な稽古の繰り返し。「つらいことの方が多かった。日本代表で、世界と戦うのが自分で良いのか」。何度も自問してきた。

 19年から勝負判定が新しい点数方式に変わった後、国際大会で呼吸音の大きさが減点対象と指摘された。「音を出してはいけないと思うと、余計に力む。本番で気持ちが高まると大きくなる」と悩んだ。

 迷いや不安を最後に払ってくれたのは、男子形の絶対王者、喜友名(きゆな)諒の稽古だった。今年に入って沖縄入りして横で練習した。気力を振り絞る31歳を見て、「自分も昔は勝ち負けより、どれだけ成長できるかに挑んでいたと思い出した」。

 珍しい名前は、「希望の器を大きく。夢をかなえられるように」と名付けられた。空手は24年パリは実施競技から外れた。五輪は最初で最後の可能性もある。一つ上の兄を追って道場に通い始めた少女はこの日悔し涙を浮かべた。だが、記憶に残る演武は、日本空手界初のメダルに十分ふさわしかった。(竹園隆浩)