競歩の伏兵・池田が銀メダル 大学時代は選手兼マネジャー、強気の訳

陸上

酒瀬川亮介
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 「ラスト5キロが勝負。それまでは余裕をもたせよう」

 東京オリンピック(五輪)陸上男子20キロ競歩の池田向希は決して集団の前に出なかった。

 気温は30度前後。10キロ手前までは暑いと感じたという。だが、「自国開催なんだから(気候に慣れている)自分のほうが有利」と思い込むようにした。

 氷を内側に入れた帽子を4キロおきに取り換えるなど暑熱対策も万全だった。15キロを過ぎても「いつでもいけるという感じだった」という。

 終盤の優勝争いは、優勝したマッシモ・スタノ(イタリア)、優勝候補筆頭だった山西利和、池田の3人に絞られていた。

 歩型違反の警告を2回受けていた池田は、もう1回警告が出ればペナルティーゾーンで2分間待たされることになり、そこで勝負は事実上終わりだ。しかし、本人は気づいていなかった。それも幸いした。警告を恐れず、「最後は強気になれた」。

 残り2キロでスパートしたスタノに対し、最初に遅れたのは山西。池田は最後こそ振り切られたが、残り1キロまで食らいつき、2位でフィニッシュした。

 静岡・浜松日体高2年から始めた競歩。名門の東洋大に入ったときは選手兼マネジャーだった。練習ではほかの選手のタイムを計ったり、雑用をこなしたりしながらも徐々に力をつけて、2018年の世界競歩チーム選手権で優勝。世界一になってやっとマネジャーから解放された。

 今春、旭化成に入社したが、練習拠点は、東洋大のまま。長距離の指導者として著名な酒井俊幸監督の妻である瑞穂コーチにきれいな歩型をたたき込まれた。「ほんとうに指導者に恵まれたと思います」。強気に攻めても、乱れない歩型を最後まで貫いた。

 競歩ではリオデジャネイロ五輪男子50キロで荒井広宙がとった銅メダルが日本勢の最高成績。伏兵の池田がそれを上回り、「メダルという形を残せてうれしい」と喜びを爆発させた。

 6日の男子50キロ競歩には東洋大の同期、そして同じ静岡県内の高校出身の川野将虎が出場する。「川野なら自分を超えてくれる。あした一緒に笑いたい」と親友にダブルメダルの夢を託した。(酒瀬川亮介)