甲子園へ大量の荷物を 明豊部長「日本一へ私も頑張る」

倉富竜太
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 明豊の選手らが、第103回全国高校野球選手権が開かれる阪神甲子園球場兵庫県西宮市)に向かう前日の5日、野球部の「責任教師」を務める赤峰淳部長(39)が一足先に関西に向かった。バッティングマシンを含めた大量の野球道具や選手らの宿泊の荷物を積み込んだトラックで、大分県別府市からフェリーに乗り込んだ。

 赤峰さんは、強豪楊志館高校の野球部で、投手で主軸として活躍。進学した別府大学でも野球を続けた。大学4年の時に、就職が決まっていた社会人の野球チームが廃部。右ひじを痛めていたこともあり、母校楊志館でコーチを務めた。

 その後、2011年に明豊の副部長に就任した。明豊では、日本史の教諭を務め、現在は高校1、2年生の日本史を担当している。同じ年に部長に就いたのが、いまの川崎絢平監督(39)だった。川崎さんも明豊では、保健体育の教諭を務めている。

 赤峰さんは「川崎監督とはそれまで会ったこともなかった。強豪の智弁和歌山の野球部出身で、指導方法を学びたいと思った」と振り返る。

 12年8月に、川崎さんが監督、赤峰さんが部長となり、現在の態勢がスタートした。夏は15、17年に甲子園に出場。春の選抜大会は、19年から3年連続で選ばれるまでに二人三脚で育て上げてきた。

 だが、いまの態勢になってから、春夏連続出場ができていなかった。いつしか、春夏は悲願に変わっていた。「もちろん苦しい時期もあった。少しずつ積み上げながら、10年かかって、ようやくここまできた」と、今回の春夏連続出場を決めて語った。

 昨夏新チームが結成された際、川崎さんは「今までで最も弱い」と選手らに告げた。持ち前の素直さで、自分たちで考え、着実に力をつけていった。赤峰さんは「この子らが1年生だった時、本当に素直でおとなしかった。もっと感情を表に出していいのに、と思った」。

 昨年からのコロナ禍では、選手が感染しないよう苦心してきた。春の選抜大会の決勝でサヨナラ負けを喫した東海大相模が、部員の感染で大会を途中で辞退したことは衝撃だった。「万が一、明豊の選手たちが感染してしまったら」と思うと、不安でたまらなかった。

 そのため、ほとんどが寮生活を送る部員たちには、コンビニエンスストアに行くことも禁じた。7月に職域でワクチンを接種したが、2回目の接種後に2日間、38度を超す熱が出た。

 部員たちの道具を運ぶためフェリーに乗り込む前、赤峰さんは電話で語った。「春の選抜でかなわなかった日本一。夢をつかむため、甲子園入りしてもしっかり練習ができるよう、私もがんばって運びます」(倉富竜太)