緊急事態・プール閉鎖…だからこそ「密」に 井村雅代HCは考えた

照屋健
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 東京五輪の延期が決まった昨年3月、アーティスティックスイミングの井村雅代ヘッドコーチ(70)は選手たちを集めていった。

 「今、テレビやニュースを見ても、あなたたちが勇気づけられるものはない。情報は私が伝えるから、私を信じなさい」

 東京五輪に反対の声、スポーツの意義を問う声……。当時は、選手が不安に襲われるようなニュースばかりが流れていた。スポーツをやること、五輪を目指すことが罪だと感じるほどだと思った。

 「選手が迷ってしまうと思ったので、ネガティブにならないようにすることだけを心がけていた」

 指導者として、1984年ロサンゼルス五輪からの全9大会を経験し、数々のメダルを教え子にとらせてきた。

 弱音を吐かない指揮官が珍しく「つらかった」とこぼしたことがある。

 昨年4月に緊急事態宣言が出され、国立スポーツ科学センターのプールが閉鎖されたときのことだ。

 選手それぞれが関東、関西の所属先に戻り、チームはバラバラになった。演技では選手同士の同調性が問われる競技なのに、そろっての練習ができなくなった。地元のプールも閉鎖され、泳ぐ機会すらなかった。

 「選手たちを泳がせたい、と思うと苦しくなってしまって。でも、文句をいっても何も変わらない。とにかく選手と『密』になろうとおもった」

 普段はめったに運転しない車を走らせ、選手たちを乗せて、京都の個人宅にあるプールや、陸上での振り付けを鍛えるための空手道場に通った。関西の選手だけを集めて合宿を張り、洗濯や食事もかってでた。

 「以前は、選手と仲良くなんてならんでいい、と思っていた。でも、今回は練習になったら厳しくいくけど、それ以外は優しく。切り替えに気をつけた」

 この1年で水着やメイクをがらりと変え、「空手」がテーマのチームテクニカルルーティンでも、より迫力が出るようにと陸上での動作を変えた。

 「1年あれば、そのぶんだけ強くなれる」。選手たちには「1%でも開催の可能性があるなら準備しよう。100%なしと言われたら、そのときやめたらええ」と鼓舞し続けてきた。

 東京五輪は無観客となり、選手たちが励みとする観客の反応や盛り上がりもない。それでも、思う。

 「マスコミの方は前と比べたらどうだ、とかいうけど、私には関係ない。今、この大会こそが東京2020なんだ、と。そこで勝てるための工夫をするだけです」(照屋健)