父とけんかし、くぐり抜けた修羅場 そして田中希実は大舞台で輝いた

陸上

辻隆徳
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 1928年アムステルダム五輪以来93年ぶりに陸上中距離種目(五輪では800メートルと1500メートル)の決勝の舞台に、日本選手が立った。東京オリンピック(五輪)女子1500メートルの田中希実は、自分自身の想像すらはるかに超える速さで成長を続ける。結果は3分59秒95で、8位入賞の快挙。「憧れであり、目標」と話すスーパースターたちの息づかいを感じながら、すべてをぶつけた。

 田中と走ったシファン・ハッサン(オランダ)は、誰もが認める中長距離界のトップ選手だ。2019年の世界選手権では1500メートルと1万メートルを制した。今大会も1500メートル、5000メートル、1万メートルの3冠をめざし、すでに5000メートルで金メダルを獲得していた。

 精神面もタフだ。2日の1500メートル予選ではラスト1周で転倒したが、そこから猛然とスパート。11選手をごぼう抜きし、組1着。異次元の走りだった。

 田中はそんなハッサンに憧れ、同じように複数種目に取り組む。そして、そのためには「覚悟」が必要だった。

田中が縮めた「世界」との距離

 昨年2月、ニュージーランドであった大会で、田中は5000メートルに惨敗した。コーチである父・健智(かつとし)さん(50)に問いかけられた。

 「世界は甘くない。お前はやれるのか?」

 そこから練習の強度が大きく変わった。今季は9週で計10レースに出場するなど5000メートルを軸に、800メートル、1500メートル、3000メートルに出場し、体をいじめ抜いた。試合に出ながら、練習では短い距離を全力で走るスピード強化に力を入れた。

 健智さんは言う。「究極に言えば、100メートルを15~16秒で走ることを1レースの中で15回、30回、50回とできれば世界と戦える」

 苦しい練習に耐え、田中は大舞台で輝いた。

 5000メートルは予選敗退ながら自己ベストをマーク。そして、1500メートルでは予選、準決勝と連続で日本記録を更新し、日本女子選手初の3分台に突入した。

 田中は「父とけんかをしながら、何度も修羅場をくぐり抜けてきた。ハッサン選手にはまだ及ばないと思うが、自分らしいレースをしたい」と語っていた。

 日本の中距離界は田中が登場する前、世界から大きく引き離されていた。田中は初めての五輪で数々の日本陸上界の歴史を塗り替え、そして、世界との距離を肌で感じた。

 決勝では、積極的に食らいついた。ハッサンでさえも銅メダル止まりの厳しいレースの中で、堂々と走りきった。

 「こんなに早く4分を切れるとは思わなかった。五輪の舞台が大きかった」

 まだ21歳。挑戦は始まったばかりだ。(辻隆徳)