終戦目前、血まみれだった船 指揮官の娘は事件を追った

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木下広大
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 終戦の1週間前の出来事だった。香川・小豆島から高松に向かう客船「女神丸」に、200人ほどの乗客が乗り込んでいた。

 高松まであと10分ほど。「あの白い建物が三越デパートだ」。一人の乗客が指さしたその直後、前方から爆音と水しぶきを上げて米軍の戦闘機が数機現れ、機関銃を船に向けて連射していった。

 船上の乗客の多くがけがを負い、即死した人も少なくなかった。辺りには大量の血がたまり、船が揺れる度に左右に流れた――。

 約30人が犠牲となった、この「女神丸事件」の詳細を今に伝えようと、小豆島土庄町在住の新城周子(かねこ)さん(83)は終戦後、生き残った人たちに聞き取り、語り継いできた。

大混乱の船内、指揮をとった父

 襲撃直後、船内は負傷してうめき声を上げる人でいっぱいだった。新城さんの父の伴(ばん)一さん(当時34)は船上から船底の客室に駆けつけた。床には貫通した銃弾で無数の穴が開き、水が入り込んでいた。

 小豆島防衛隊長を務めていた伴さんは、混乱している乗客を見て叫んだ。「今から自分が指揮を執る!」。無事だった乗客にハンカチや風呂敷を出すよう指示し、穴に詰めさせて浸水の勢いを弱めた。浮き上がった畳は再襲撃に備える盾にした。

 船は沈没を免れ、高松市の屋…

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