第14回「ウイルスに勝った」に不快感 それでもダンフィーは出場を決めた

陸上

遠田寛生
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 再び歩ける喜びと葛藤を抱えながらカナダのエバン・ダンフィー(30)は6日早朝、男子50キロ競歩で札幌の地を踏みしめた。

 15キロ時点でトップとは29秒差の20番手。冷静に自分のペースを貫き、着実に順位を上げた。「あともう少しだけ」と自分を励まし続けて銅メダル。前回4位の雪辱を果たした。

 2019年世界選手権でも銅メダルをとったダンフィーは、コロナ禍で開かれる五輪について懐疑的だった。昨夏には「必ず開催される保証はないとみている。アスリートの声と同様で、東京や日本の人々の意見に耳を傾けることも大事だ」と語っていた。

 それでも、最終的には出場を決めた。「自分勝手だと自覚している。ただ、自分たちアスリートは無力で何の決定権も持ち合わせていない。世界のトップ選手たちと競える機会はそう訪れないし、生活もかかっている。東京五輪に出る決断は考えに考え抜いたこと。そのことだけは理解してほしい」

 一部の人たちが東京五輪を「ウイルスに打ち勝った証し」と表現することに不快感を隠さない。「それはまやかしだ。まだ何も乗り越えられていない。今も何百万という人が感染していて、我々はパンデミックのまっただ中にいる。そんな状況で言うのは不誠実だと思う」

 コロナの影響でさまざまな制約を受けるなか、モチベーションを保つために今年1月、チャリティーイベントを開いた。財政的な理由でスポーツができない子どもたちを支援する目的で、1カ月間に600キロを歩くと宣言。1キロ歩くことにつき10カナダドル(約870円)の寄付を募ったところ、9千ドル(約78万円)が集まった。

 水泳選手だった父と飛び込み選手だった母の間に生まれた。両親の方針で、子どもの頃から好きな競技を何でも経験できた。「スポーツは人生を変えるきっかけをくれる。財政的な理由で機会を与えられない子どもがいるのはとても悲しい。少しでもスポーツを楽しむ子が増えてくれたら」

 18年には25日間、連日25キロを歩き、学校で講演する企画を実施。計2万6千ドル(約226万円)を寄付した。

 この種目は今回を最後に五輪から消える。長時間でテレビ映えしないというのが主な理由だ。

 選手は今後、種目転向が迫られる。「こんな形で追い出されるなんて、種目への敬意が足りないとも感じる。それでも、今大会に出場する約60人はそれぞれ物語がある。それぞれの決意や取り組みが、見ている人の共感を少しでも得られたらいい」

 やりきれない気持ちは当然ある。それでも最後まで諦めず、立ち向かっていく姿勢を母国や世界の子どもたちに示せた。

 前回のリオ五輪では日本の荒井広宙(ひろおき)と48キロ付近で接触し、レース後に騒動が起きた。最終的には日本陸連の上訴が国際陸連(現世界陸連)に認められ、ダンフィーはメダルを逃している。

 実は、さらに抗議して争うこともできたという。でも「ヒロオキが故意ではないことは映像で見て分かった。これ以上話し合う必要はないと感じた」。今でも判断に悔いはない。「リオでのレースの夜、ぐっすり寝られたんだ。これでよかったって思っている」

 次は自分の力だけで結果を残す。そう誓った日から約5年、表彰台で両手を上げた。(遠田寛生)

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