「0・01%」こじ開けた気持ちと準備 須崎優衣を支える元世界女王

レスリング

金子智彦
[PR]

 東京オリンピック(五輪)レスリング女子50キロ級で7日夜に決勝を迎える須崎優衣(22)には、もう1人の「母」がいる。長年師事してきた元世界女王の吉村祥子コーチ(52)だ。

 「全力でサポートした証しと思ってくれれば」

 今年4月、吉村コーチの体にはあざがあった。須崎が優勝し、五輪代表権をつかんだアジア予選(カザフスタン)で、練習パートナーを務めたからだ。

 「体が持ってよかった。自分が必死になればなるほど、彼女の技がかかるので強さを感じた」。教え子の成長を身をもって感じた。

 有望な中高生を対象に寄宿制で英才指導を施す日本オリンピック委員会(JOC)「エリートアカデミー」のコーチを2008年から務める。須崎は6期生として入校し、高校生で17年の世界選手権を制覇。この「彗星(すいせい)のごとく現れたルーキー」を育てた。

 吉村コーチは現役時代、黎明(れいめい)期の女子レスリングを支えた1人だ。東京・成城学園高で競技を始めた。当時最軽量の44キロ級で1989年世界選手権を日本選手として初制覇し、93~95年は3連覇など計5度、世界一になった。

 しかし、当時まだ女子は五輪種目ではなかった。2004年アテネ大会での採用が決まった01年、うれし涙の半面、いざ現実味を帯びると不安な気持ちに襲われた。すでに全盛期は過ぎ、ひざのけがに苦しんでいた。「やるべきことが膨大で、体が持つかな」

 若手の突き上げにあらがい切れず、04年の代表選考会は予選リーグで敗退した。「人生初」のテクニカルフォール負け。「負けたら現役最後だ、の方が大きくなりすぎて、五輪に強い気持ちを持てなかった」。04年11月、19年のキャリアに終止符を打った。

 須崎が18年11月、練習中に左ひじの靱帯(じんたい)を断裂したとき、「心はけがをしないように。こんな時こそ学ぶこともある」と励ました。東京五輪の代表争いでライバル入江ゆきの後塵(こうじん)を拝し、「東京」が遠のいたときも「チャンスは0・01%ぐらいかもしれないけど、チャンスが巡ってきた時にしっかり戦える準備をしよう」と鼓舞した。自身が現役最後の試合で味わった後悔を教え子に味わわせたくない、という気持ちだった。

 吉村コーチは「自分の夢を選手に乗せるのはナンセンス。子どもの夢、目標を経験値や知識でサポートするのが仕事」と言うが、須崎は「コーチに金メダルを」と言い続けてきた。五輪の舞台に立てなかった恩師に金メダルをかけるために、須崎はマットに上がる。(金子智彦)