野球日本代表「侍ジャパン」監督の役割とは――。稲葉篤紀監督は言う。「選手がプレーしやすい環境を用意すること」。気遣いの人だ。コロナ禍の中での五輪開催となり、配慮の範囲は選手だけにとどまらず、広がったように感じる。
6月16日に行われた代表内定選手の発表会見。稲葉監督は冒頭で、医療従事者への感謝を口にした。続けて新型コロナウイルスの影響などで、最終予選の辞退を余儀なくされた台湾、豪州、中国の名前を挙げた。「出場を諦めるほど、コロナの影響は予断を許さない。安全安心が確保されたオリンピックが実施されることを願っています」
7月8日。単独インタビューで、コロナの新規感染者が増える状況と五輪を控える監督の立場で、揺れる心境を尋ねた。東京都への、4度目となる緊急事態宣言発出が決まった翌日のことだった。
「準備はしないといけない。でも『競技をさせていただきます』という思い」。恐縮していた。
コロナ禍前は、侍ジャパンの使命について「選手の頑張りが、子どもたちに勇気を与える」と語っていた。だが、コロナ禍となってからは「勇気や感動を与えたい」という言葉を安易に使わなくなった。「野球の競技人口を増やすきっかけになりたい」という思いの骨格は変わらず、「全力で戦う姿に、何かを感じてもらえるように」という言い回しになった。
決勝を終えたら、選手たちには「感謝の大切さ」を伝えるという。
「今回のオリンピックでは選手が窮屈な思いをしないように、ホテルの関係者やボランティアの方々が動いてくれた。例えば我々がバブルで外に出られない中、買い物をしてくれた。皆様の支えが、今大会の結果にもつながっている」
現役選手時代、ヤクルトでは野村克也氏や若松勉氏、日本ハムではトレイ・ヒルマン氏、梨田昌孝氏、栗山英樹氏、日本代表では星野仙一氏、原辰徳氏、山本浩二氏。数々の名将のもとで、プレーした。自身の指導者像は「いろんな監督のいいとこ取りをしている」と言うが、周囲への目配りは、稲葉監督ならでは。この姿勢は、コロナ禍の中でより磨かれた。(井上翔太)