泣き虫の陸上部員だった大迫選手  中学時代の顧問に宛てた手紙

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 疲労を顧みない練習量で顧問を怒らせた泣き虫の陸上部員が、かつて東京都町田市の市立中学校にいた。

 その後、駅伝の名門校を経て箱根駅伝で活躍し、世界に飛び出した。日本記録を2度塗り替え、東京オリンピック(五輪)で6位入賞を果たした。男子マラソンの大迫傑選手(30)だ。その陸上人生の原点とも言える手紙が、今も中学時代の顧問の手に残っている。

 2人の出会いは16年前。中学教諭の山口智美さん(49)が町田市立金井中の陸上部顧問として赴任すると、2年に大迫選手がいた。陸上に関してとにかく貪欲(どんよく)。「体のバネが違う」と一目でわかった。

 ただ、大迫選手が金井中で練習するのは週1回だけ。別の強豪中学やクラブチームに出向いて練習していた。練習をしすぎると故障のリスクが高まる。山口さんは、走る量を控えた方がいいと思う一方、大迫選手が自分で開拓した練習環境を尊重したい気持ちもあり、迷っていた。

 その年の10月末。大迫選手は疲労から腰を痛め、走れなくなった。

 「やりすぎだから。絞りなさ…

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