感じたスポーツの原点 でも「開催して良かった」だけでは終われない

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東京本社スポーツ部長・志方浩文

 今大会で一番印象に残ったのは、スケートボード女子ストリートで金メダルを取った13歳、西矢椛(もみじ)選手の所作だった。

 失敗しても笑顔で戻ってきたかと思えば、いい演技をしたほかの選手をたたえる。欲のない選手だなあと見ていたら、次々と難度の高い技を決め、逆転した。

 スケボーの選手たちはよく転んだが、そのたびに励ましあった。そこに国境はない。年の差もない。あるのは個々へのリスペクト。五輪初採用となったこの競技の中に、五輪憲章にある「友情、連帯、フェアプレーの精神」を最も強く感じた。

 こうやってスポーツの原点を感じられただけでなく、各国のアスリートの思いや葛藤にも触れられた。だからといって、開催して良かったと、簡潔に総括するわけにはいかない。

 期間中、国内の新型コロナウイルスの感染者数は増え続けた。東京にいても五輪を肌で感じられず、映像で見る競技は、まさに別世界だった。

 思えば約1年半前、五輪・パラリンピックの延期が決まった時、当時の安倍晋三首相は「完全な形で開催する」と言った。

 大会組織委員会の中では、規模を縮小する案もあがったが、国際オリンピック委員会(IOC)の反対などでかき消された。

 ここで、「小さな五輪をレガシー(遺産)に」とメッセージを出し、無観客などを早めに決めていれば、無駄な経費を削減できたうえに、世論の支持ももう少し得られたはずだ。しかし、菅政権はぎりぎりまで有観客にこだわった。それが運営現場の準備不足にもつながった。有観客だったら、あちこちで混乱が起きただろう。

 確かな理念を伝えられぬまま、東京五輪は終わった。でも、まだできることはある。組織委がすべての反省点を洗い出し、持続可能な五輪につなげる提案ができたなら、それはレガシーと言えるものになる。

 そのためにも、組織委には、発足以来、約7年半の記録を包み隠さず文書として残すことを求めたい。大会経費が最終的にいくらになるのかも、ごまかしてはいけない。そして我々報道機関には、これらをチェックしていく責務がある。