聖火は消えて「ARIGATO」、次の舞台はパリ 東京五輪最後の夜

野村周平
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 閉会式の行進は、開会式のように国・地域別に分かれる形ではなかった。選手が一斉に、入り交じり、盛り上がった1964年東京五輪の閉会式を意識した演出だ。

 今回は新型コロナ感染対策のため、競技終了後2日以内に選手村を離れなければいけない規定があり、600人弱が出場した日本選手団でも、出席者は最終日に銀メダルを獲得したバスケットボール女子の選手たちや、閉会式の旗手を務めた空手男子形の喜友名諒ら約90人にとどまった。

 それでも戦いを終えた約4500人の選手たちは笑顔を浮かべながら、感染予防のためのマスクを着け、思い思いの表情で国立競技場を練り歩いた。大会組織委員会によると、スタジアム裏の待機場所でも、感染対策として、選手たちが互いの距離を空けた配置になっていたという。

 選手たちが登録した自身のスマートフォンのアプリから光が集まり、映像上はスタジアムの上に五輪マークが浮かぶ演出もあった。

 選手村と競技会場を行き来する「バブル」の中で過ごした選手たちに「少しでも東京の雰囲気を感じてほしい」(運営責任者の日置貴之氏)という試みも。音楽にのせて様々なパフォーマーが演技する姿を、選手たちは踊ったり芝に寝そべったりしながら楽しんだ。

 マラソンの表彰式、ボランティアへの感謝などの後、東京音頭を選手たちが踊る。3年後のパリ五輪への引き継ぎ式では東京都小池百合子知事から、パリのアンヌ・イダルゴ市長に五輪旗が渡された。映像ではオーケストラによるフランス国歌の演奏が流れ、エッフェル塔前を飛ぶ飛行機がスモークでフランス国旗の3色を表現した。

 聖火が消える。パラリンピックの予告映像が流れて花火が打ち上がり、場内のビジョンに「ARIGATO」の文字が表示された。前回の東京五輪で使われた「SAYONARA」に近い字体は、57年前へのオマージュだった。(野村周平)