コロナ下、多様性と調和訴えた五輪 近くて遠い17日間の祭典おわる

山本亮介斉藤佑介
[PR]

 東京オリンピック(五輪)が8日、幕を閉じた。17日間の祭典は、二つの世界を生み出した。多くのドラマで見るものを魅了した競技場の中。不要不急の外出自粛を求められたバブルの外。見るもの、参加するものの立場に応じて、異なる記憶を刻んだ。未来に何が語り継がれるのだろうか。

 昼過ぎまで降り続いていた雨があがった。

 午後8時。国立競技場を花火が照らし、東京五輪の閉会式が始まった。200を超える国と地域の旗手がスタジアム中央のステージを囲んだのを合図に、四方から選手たちが入場してくる。

 赤いジャージーは日本選手団だ。この日試合を終えたばかりの女子バスケチームは、肩を組んで喜びをあらわした。金メダルを獲得した野球の田中将大(32)に米国選手が近寄って声をかける。外国選手の中には、メダルを首にさげた人や「ARIGATO」と掲げた人もいた。リラックスした表情が緑の芝生を埋めていく。

 大会では若い力がはじけた。新競技の一つ、スケートボードでは、転倒した岡本碧優(15)のもとに米、豪、ブラジルの選手らが駆け寄り、岡本を担ぎ上げた。金メダルの西矢椛(13)らは試合中にアニメソングの話で盛り上がり、「普段の大会とそんなに変わらなかった」と自然体を貫いた。

 多様性と調和も大会のキーワードだった。複数の女子サッカー代表は試合前、片ひざをついて人種差別に抗議した。男子飛び込み英国代表で、男性のパートナーと3歳の息子と暮らすトーマス・デーリー(27)は会見で「私はゲイです。自分のストーリーを伝えることで、人々の意識を変えられる」と言った。

 閉会式では、1964年の東京大会で演奏された古関裕而の「オリンピックマーチ」が再び流れた。前回の閉会式で、各国選手が肩を組んでトラックになだれこむ様子をNHKの土門正夫アナウンサーは「国境を越え、宗教を超えました。このような美しい姿を見たことがありません」と伝えた。

 それから57年。閉会式はもう一度、一体感や融合がテーマになった。

 スタジアムが暗転すると、一堂に会した選手たちが空に向けたスマートフォンの画面が光る。一人ひとりから舞い上がった無数の光の粒がスタジアムを包むと、五輪のシンボルマークへ形を変えていく。そんな映像が大型スクリーンに映し出された。

 福島のソフトボールで競技が始まって以来、1万1千人の選手たちが33競技339種目でメダルを競った。大会運営に直接かかわるボランティアの登録は5万1672人にのぼり、全国から集められた2200台のバスが競技会場や選手村などを結び、日本のメダルは史上最多の58個になった。そして、開会式には1日あたり4225人だった国内の新規コロナ感染者数はこの日、1万4472人となった。

 それらが、復興五輪を掲げて招致をもぎとり、「コロナに打ち勝った証し」として開催にこぎつけた17日間の「決算」となる。

 大会組織委の橋本聖子会長はあいさつで「みなさんは困難を乗り越えた本物のオリンピアンです。どうかこの景色を忘れないで下さい」と呼びかけた。

 この日、エッフェル塔の足もとに集まったパリ市民は、煙幕で赤白青のトリコロールカラーを描く飛行機に小旗を振って祝福した。夏の五輪は3年後、パリへ引き継がれる。

 聖火が消えた。東京で開かれながら、テレビやスマホの画面越しに見つめた、近くて遠い祭典が終わった。山本亮介斉藤佑介