家族の被爆知らずショック 体験聞き、受け継ぐ大学生

米田悠一郎
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 長崎純心大2年の平山英恵(はなえ)さん(19)は、岡信子さんの体験を聞き取り、語り継ごうとしている。一方で、岡さんが受けた傷や原爆に対する世間の関心が低いのを目の当たりにし、継承の難しさも感じている。

 岡さんが式典に参列していた9日午前11時2分、平山さんは、長崎県北部・平戸市にある海が見える図書館の駐車場で、同じく岡さんの体験を聞き取っている鍜治(かじ)美里さん(19)と一緒に黙禱(もくとう)を捧げた。サイレンは鳴っていたが、周りの人は何事もなかったかのように過ごしていた。

 スマートフォンの画面には、平和への誓いを力強く述べる岡さんの姿があった。2人がまだ聞いたことのない体験が盛り込まれていて、「まだまだ聞き取りが足りないな」と感じた。

 平山さんは中学生の時、戦争の歴史を演劇を通じて学んだ。長崎原爆沖縄戦がテーマで、家族を亡くしたおばあさんの役を演じ、未来ある子どもの命が戦争で失われたと知った。

 ただ、長崎市から北に75キロ離れた平戸市で中学卒業まで過ごした平山さんが被爆者と接したのは、毎年8月9日の平和学習だけ。平和に関心はあったが、身近な被爆者を知らず、「原爆はどこか遠いものなんだろうな」と感じていたのも事実だった。

 そんな自分や家族に目を向けるきっかけを与えてくれたのが岡さんだった。

 大学入学後、平和活動をする同大の学生団体に入った。今年4月からは、同じ大学の鍜治さんとともに岡さんの聞き取りを始めた。6月上旬、母にそのことをLINEで伝えた。近況報告のつもりだったが、こう返事があった。

 じいちゃんは、被爆地拡大で被爆者に認定された。お母さんは被爆2世

 家族のことすら知らなかったことがショックだった。だが、車で30分ほどの場所にいる祖父(78)に、その後も詳しい話は聞けないでいる。「原爆を思い出すのもいやだった」と岡さんから聞いているだけに、ためらいを覚えるからだ。

 「被爆者が経験を語るのは本当に重いこと。受け継ぐ私たちも思いに応えられるように勉強しなきゃ」

 岡さんから聞き取った話は今夏中にも原稿にまとめる。来春までに長崎原爆資料館で証言することが目標だ。それまでには祖父の話を聞きたいと思っている。

 平山さんのように、家族や第三者が被爆者の経験を聞き取って語り継ぐ「家族・交流証言者」は44人が公益財団法人・長崎平和推進協会の認定を受けている。市が2016年度から始めた事業で、被爆者が亡くなっても体験を引き継ぐ狙いがある。協会によると、7月20日現在、第三者が聞き取った被爆者16人のうち、すでに2人が亡くなった。(米田悠一郎)