新人くノ一、念願の初舞台 根性に忍者軍団のお頭も驚き

江湖良二
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 三重県伊賀市上野丸之内の伊賀流忍者博物館で忍者ショーを披露する伊賀忍者特殊軍団阿修羅の新人くノ一が今夏、舞台デビューした。宮城県東松島市出身の熱海(あつみ)香鈴(かりん)さん(21)。小学5年生での東日本大震災の経験を糧に「東北に忍者の魅力を広めたい」という夢に向かい、踏み出した。

 初舞台の7月3日。熱海さんは、敵役とすれ違いざま、傘に仕込んだ刀で切りつけた。拍手があがり、笛に仕込んだ吹き矢を的に放つ技も披露。終幕後に「うつむいたり、足がばたついたりしないよう注意した。稽古したことがしっかり出来た」と振り返った。

 ふるさとを震災が襲った2011年3月11日。総合学習の時間だった。揺れが次第に大きくなった。床が180度ひっくり返るように感じ、机の下に隠れて難を逃れた。別の小学校の友達が母親と一緒に津波に流され、亡くなったのを後で聞かされた。

 保育士の母は緊急の出勤が必要なため、母方の実家へ。さらに、祖母に連れられ、高台に避難。雪が降る中、近くの保育園で一夜を明かし、1カ月ほど祖母の家で暮らした。「最初の夜は寒くてつらかった。母は会うたびにやせて、怖かった。そういう経験があったので、これから、しんどいと思った時も、何があっても平気」とほほえむ。

 今春、専門学校を卒業し、軍団へ。幼い時から忍者が好きだった。常人にできない体の動き、技のキレに魅力を感じる。印象に残る忍者は、戦国期に豊臣秀吉の軍勢と戦ったとされる佐田彦四郎だ。

 しかし、忍者を好きな友人が周りにいなかった。「忍者の知名度が上がって、好きな子が増えてくれたら」。次第に「忍者の文化を学んで広めたい」という思いが募った。

 軍団の新人募集広告を見つけ、昨年応募。頭(かしら)の浮田半蔵さん(61)によると、コロナ禍でショー開催の見通しが立たない時期。「『いったん宮城で就職して、お客が戻ってきたころに来たら』と勧めたのに『すぐに来たい』と言った。根性がすごい」と話す。

 軍団の寮に住み込む傍ら、手裏剣や刀を使った技の練習に励み、両刃型の忍具「苦無(くない)」を目にも止まらぬ早さで使う。小学生からサッカーに取り組み、体力には自信はある。

 一人前になるには3年かかるとされる。その後、東北で忍者ショーを披露する会社を興すのが夢だ。経営や営業の勉強を含め、今やすべてが修行だ。(江湖良二)