第2回対テロ戦争に賛同したバイデン氏が冷徹な宣言を出すまで

有料会員記事米同時多発テロ

ワシントン=高野遼、ニューヨーク=中井大助
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勝者なき戦い 米同時多発テロ20年② デザイン・北谷凜
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 2001年9月11日、米同時多発テロ事件が起きた。米国本土で2977人が死亡した衝撃の事件を受け、米国は「対テロ戦争」へと突き進んでいった。あれから20年、泥沼化したテロとの戦いはいまも続く。

 今年、バイデン米大統領はアフガニスタンからの撤退を宣言した。自らが加担した対テロ戦争に、幕引きを図ろうとしているのはなぜなのか――。バイデン氏の20年間の足跡をたどった。

【連載初回】「105階から生還した男性の9・11 『叫び声、今も』」はこちら

同時多発テロからまもなく20年が経過します。全世界を震撼させた同時多発テロは世界を、そして米国をどのように変えたのか。さらに、米国が始めた対テロ戦争は世界にどのような影響を与えたのかに迫る連載です。2回目では、2021年1月に就任したバイデン米大統領が、上院議員だった頃からどのように同時多発テロや対テロ戦争に関わってきたかを、関係者らへの取材から伝えます。「米国史上最長の戦争」と呼ばれるアフガン戦争、そしてイラク戦争に突き進んだ米国をバイデン氏はどのように見ていたのでしょうか。

9月11日、「世界は変わってしまった」

 20年前、当時29年目のベテラン上院議員だったバイデン氏は、対テロ戦争に賛同した一人だった。

 9月11日、ワシントンでは朝から晴れ渡った空が広がっていた。

 午前8時46分、ハイジャックされたアメリカン航空11便が、ニューヨークの世界貿易センター(WTC)の北棟に突入した。

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米ニューヨークで2001年9月11日、ハイジャックされた2機の航空機が激突して爆発する世界貿易センタービル=ロイター

 バイデン氏は、政策担当顧問を務めるフランク・ジャヌージ氏に電話を入れた。「フランク、国務省に電話をして何が起きているか確認してくれ」

 しかし17分後、2機目のユナイテッド航空175便がWTC南棟に突入する。単なる事故ではないことは、誰の目にも明らかとなった。

 米議会も標的になる恐れがあり、バイデン氏はすぐ外の公園に避難した。携帯電話は回線がパンクして使えず、途方に暮れて縁石に腰掛けた。

 「世界は変わってしまった」とバイデン氏はつぶやいた。「これはすべてを変えることになる」

 議会の向こうからは、空に煙が上がっていた。3機目の航空機がペンタゴン(米国防総省)に突入していた。

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2001年9月11日、ハイジャックされた航空機が激突した米国防総省(ペンタゴン)=ロイター

 ジャヌージ氏は、バイデン氏が両手の拳を握り、震わせていたことを覚えている。「米国政府が機能していると国民に示さなければ、とバイデン氏は思っていた」と振り返る。

 3日後の9月14日、上下院はテロへの対抗措置としてブッシュ大統領に武力行使を認める決議(AUMF)案を採択した。

 バイデン氏も賛成票を投じた。米国全体が「対テロ戦争」へと突き進んでいく時代の幕開けだった。

米議会、1人だけだった「戦争反対」

 その日、上下院の議員531人のうち、1人だけAUMFに反対票を投じた議員がいた。民主党下院議員のバーバラ・リー氏だ。

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5月20日、ワシントンの記者会見で話すバーバラ・リー下院議員=AP

 「議会は大統領に対し、武力行使の白紙委任を渡してしまった」

 リー氏はいま、20年前の決議をこう振り返る。

バイデン氏も賛成票を投じたAUMF。この決議案をよりどころにブッシュ(子)政権は、対テロ戦争に突き進みます。記事後半では、バイデン氏の当時の政策顧問らの証言から、バイデン氏の対テロ戦争への考えに迫ります。アフガニスタン撤退を宣言したバイデン氏の骨格を作り上げた出来事が取材などで明らかになります。

 リー氏も気持ちは揺れた。だ…

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