太宰治が遊び、檀一雄ら文化人が住んだ街にタワマン構想

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大鹿靖明
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現場へ! 再開発 変わる東京・石神井

 石神井(しゃくじい)公園は東京23区の北西、練馬区にある。三宝寺池、石神井池という二つの池があり、そのまわりを7500本の木々が取り囲む。武蔵野の面影を残し、ここが東京とは思えないほどである。

 そんな都会のオアシスの近くで今、再開発が始まろうとしている。西武鉄道石神井公園駅の南口西地区に高さ100メートルのタワーマンションを造る市街地再開発計画が持ち上がり、反対する住民が東京都と練馬区を相手取って再開発組合の設立認可差し止めの訴えを起こした。

 原告の一人、元高校国語教師の中田嘉種(69)は「地域のなりたちからして、ここに高層ビル群はふさわしくないのです」と言う。江戸時代から景勝地として知られ、昭和の初めの1930年には建築や伐採が制限される風致地区に指定された。大正時代に駅ができると、今で言うリゾート地のようなところになった。

 太宰治は37年5月、若い文学青年や女学生と石神井公園で遊んだ。彼らは「青春五月党」と名乗り、ボートをこぎ、お弁当を食べた。太宰は大はしゃぎだった。「素晴らしい五月の太陽だった」。そう檀一雄は「小説太宰治」にこの時の様子を記している。初対面からまもなく「君は天才です」と太宰に感嘆した檀こそ、五月党の中心人物だった。女学生を集めたのは彼の妹だった。

 檀は石神井公園に魅了され…

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