第1回危機解決の中心にメルケル氏 人心つかむ女性宰相の原点

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ベルリン=野島淳、ブリュッセル=青田秀樹
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危機の宰相 メルケル氏の遺産(1)

 家が崩れ、がれきが積み上がり、根こそぎ折れた木が横たわる。ドイツの首相、アンゲラ・メルケル(67)は7月18日、大洪水の被災地、西部アールワイラー郡シュルトの泥道を歩いていた。

 ドイツだけで180人以上が亡くなった。「ドイツ語でこの惨事を表す言葉はほとんどない」。メルケルは記者会見でそう語ると、「科学を信じるなら、私たちが経験している全ての出来事は気候変動と関係している」と訴えた。

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ドイツ西部シュルトで2021年7月18日、洪水被害に遭った住民と話をするメルケル首相(右から3人目)=AP

 ドイツ初の女性首相になって16年。「気候危機」は多くのエネルギーを注いできた分野だ。洪水の緊急支援や防災対策の強化と並び、気候変動対策を急ぐ考えも表明した。

「失敗を謝れる強さ」

 物理学の博士号を持つメルケルは科学者らしく、政治の複雑な事象も問題の所在を冷静に分析し、解を見いだす。いつしか欧州連合(EU)や主要国首脳会議の議論をリードし、存在感を増していった。独善的な前米大統領トランプにも臆せず意見し、「自由世界のリーダー」と呼ばれる存在になった。

 そんなメルケルが珍しく感情をあらわにしたのが昨年12月9日の議会演説だ。何度も拳を振り、拝むように両手を合わせた。新型コロナウイルスの1日の感染者数が2万人を超え、死者は数百人にのぼっていた。ドイツは「コロナ危機」第2波のまっただ中にあった。

 「祖父母と過ごす最後のクリスマスにしてはいけない」。市民に不必要な接触を減らすよう求めた。営業休止中の飲食店などでは、年末恒例のホットワインを持ち帰り用に店先で販売しており、求める人でにぎわっていた。「多くの人が亡くなる代償を払うなら、とても受け入れられない」と呼びかけると、議場から大きな拍手がわいた。

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新型コロナウイルス対策で「自宅にいて欲しい」と身ぶり手ぶりで訴えるメルケル首相の演説の様子を報じたドイツの新聞各紙の1面=2020年12月10日

 必死のメッセージは確かに届いた。街角からホットワインが消え、多くの人々は都市封鎖を受け入れた。

 収束したかに見えた危機だが、今年3月以降は第3波に見舞われた。休日を急きょ増やして都市封鎖を強化しようとしたが、「流通や生産の現場に混乱が生じる」などと批判が殺到。短期間では実現が難しい策だったと、1日半で撤回した。メルケルは「責任はすべて私にある。市民の許しを請いたい」と謝罪した。

 マインツ大教授(政治学)のユルゲン・ファルター(77)は言う。「政権末期は誰もが権威を失う。だが、彼女には多くの政治家が持つ虚栄心がない。だから失敗にも謝れる。これが本当の強さだ」

 窮地から抜け出す切り札の一つがワクチンだった。供給増に伴って接種が進むと、新規感染は4月下旬から減り、落ち込んだ支持率は再び上がった。

米誌フォーブスで「世界で最も影響力ある女性」に10年連続で選ばれてきたメルケル首相が9月の総選挙に立候補せず、引退する。難民危機で失った国内の支持は回復。コロナ危機やユーロ危機、ウクライナ危機など数々の危機で、解決に向けた議論の中心にいた。「危機の宰相」は何を成し遂げ、何を次世代に託すのか。

東独時代、向き合った「壁」

 ドイツ首相メルケルの言葉は、ときに多くの人の心に響く。

 そう感じたのは昨年3月のテ…

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