なぜ1歳まではちみつダメ? カレー混ぜるなら空気ごと

染方史郎
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 コロナ禍で毎日の手指消毒が習慣になりつつあります。手指消毒に使うのは、主にエタノールというアルコールで、お酒の主成分ですね。「ついでに、体の中も消毒しよう」という口実で、お酒を飲んでいませんか。手指消毒用のアルコールの濃度は70~80%ですので、とてもじゃありませんが飲めません。コラム「染方史郎の細菌どうなの」です。

アルコールが効かないばい菌とは

 さて、万能そうに見えるアルコール消毒ですが、どんな病原体にも有効なわけではありません。感染性胃腸炎の代表的な病原体であるノロウイルスは、アルコールが効かないことで有名です。

 今回はノロウイルスと同様、アルコールが効かない細菌の一つであるクロストリジウム属と呼ばれる細菌グループをご紹介します。芽胞を形成するので、キャラはガホーケイ星(芽胞形成)人という異星人にしています。

 まず、芽胞というのは、細菌が危機的な状況に陥ったときに作る構造物です。クロストリジウム属の場合には、体の大事な部分を中心部分に集め、そこに芽胞という球状の構造物をつくります。非常に丈夫な殻でできており、アルコールや100度の熱でもびくともしません。芽胞の状態では増えることができませんが、危機的な状況が去ると、発芽して元の増える状態に戻ります。

 具体的な細菌としては、食中毒の原因としても知られるウェルシュ菌(Clostridium perfringens)、神経を侵すボツリヌス菌(Clostridium botulinum)や破傷風菌(Clostridium tenani)がいます。また、あまり一般には知られていませんが、院内感染病原体として知られるディフィシル菌(Clostridioides difficile)もクロストリジウム属の仲間です。

 ダジャレでつくった異星人キャラですが、異星人っぽい共通の性質を持っています。それは、いずれも「猛毒」を産生する、ということです。また、クロストリジウム属は空気(厳密には酸素)があると増えることができないという性質もあります。これらの性質は、個々の病気の成り立ちとも関係します。

カレーは底から空気に触れるように混ぜて

 ウェルシュ菌

 最も代表的な感染症が食中毒で、特に大量に作られるカレーなどは注意が必要です。これには、熱に強いという性質が関係しています。増殖しやすい温度が43~47度と他の細菌(一般的な細菌は37度付近)よりも高い上に、芽胞を形成すると100度に熱しても死ぬことはありません。全てが芽胞を形成するわけではありませんが、100度に熱しても一部は増殖せずとも生き残っている、ということです。このようにして生き残ったウェルシュ菌が、温度の低下につれて芽胞が発芽し、再び増え始めます。

 食中毒を起こすために必要な菌の量は、約1億個と比較的大量であるため、多少の菌がいても食中毒になりませんが、不適切な調理を繰り返すうちに、食中毒を起こすレベルまで菌を増やしてしまうことになります。腸まで達したウェルシュ菌がエンテロトキシンという毒素を産生することで、腹痛や下痢を起こします。ほとんどは食後24時間以内、平均10時間ほどで症状が出現し、多くは軽症で1~2日で自然軽快します。

 自然軽快するとは言っても、やはり予防するに越したことはありません。食中毒を防ぐためには、作り置きをしないことがベストですが、よくかき混ぜながら、増殖しないように100度まで十分に加熱することもポイントです。鍋の底からかき混ぜることによって、全体に熱が通るとともに、ウェルシュ菌が嫌いな空気に触れさせることができるためです。

 また、ウェルシュ菌は、感染経路や基礎疾患(糖尿病などの持病)によって、食中毒以外の病気も起こします。皮膚や筋肉の感染症では、以前ご紹介したA群溶血性連鎖球菌(いわゆる溶連菌)と非常によく似た感染症を起こします。傷口からウェルシュ菌が感染し、たんぱく分解酵素、溶血毒素などの毒素によって、組織を壊死(えし)させます。特に、壊死に加えて、菌が産生するガスが皮下にたまると、ガス壊疽(えそ)とも呼ばれます。

 食中毒の場合と異なり、重症の感染症であり、迅速な治療(外科的処置、抗菌薬投与)が必要で、治療が遅れると死にいたることがあります。病巣部の除去、場合によっては手足などの切断術も必要となります。ペニシリン系の抗菌薬が有効です。

麻痺を引き起こすこわいばい菌

 ボツリヌス菌と破傷風菌

 ボツリヌス菌と破傷風菌による感染症は、それぞれボツリヌスと破傷風と呼ばれます。どちらも神経系に対する毒素を産生しますが、症状がちょうど反対です。

 ボツリヌスは、弛緩性麻痺(しかんせいまひ)、すなわち、だらんとしたような麻痺になります。一方、破傷風は、痙(けい)性麻痺、すなわち、突っ張るような麻痺が特徴です。

 どちらも土壌中にいる菌ですが、症状だけではなく感染経路も異なります。

 ボツリヌスは、ボツリヌス菌が産生する毒素の一つ、ボツリヌス毒を口から取り込むことによって起こります。ボツリヌス菌の芽胞で汚染された食材を、真空パックなどで保存すると、食材内で発芽して増殖します。ボツリヌス毒は、多くの場合、食材の中で産生され、菌自体ではなく毒素だけを取り込むことで発症します。したがって、厳密な意味では感染症ではなく、中毒です。

 症状は弛緩性麻痺です。筋肉は、神経からの命令によって弛緩しますが、ボツリヌス毒は神経からの命令を遮断することで弛緩性麻痺を起こします。呼吸ができなくなり、死にいたることもあります。なお、ボツリヌス毒は少ない量で病気を起こすことが知られ、自然毒の中では最も危険といわれています。

 成人では、腸内で菌が増殖することはほとんどありませんが、乳幼児の場合には腸内で菌が増殖することがあり、乳児ボツリヌスと呼ばれます。特に乳児では、はちみつなどが原因食材として知られていますので、1歳未満の乳児には、はちみつを与えないようにしましょう。

 破傷風は、傷口から破傷風菌が侵入し、体内でテタノスパスミンと呼ばれる毒素を産生することで起こります。特に、土などで汚れた傷口が危険です。

 痙性麻痺を起こすメカニズムはやや複雑ですが、少し説明しておきます。脳からは常に筋肉に対して、筋肉を収縮させようとする命令と、それを抑えようとする命令がおりています。テタノスパスミンは収縮を抑える命令を阻止します。そうすることで、筋肉はずっと収縮状態になります。

 破傷風もボツリヌス同様、放置すれば死にいたる病気ですが、ボツリヌスと異なり、ワクチンによって予防が可能です。小児期に3~4回の接種を受けています。また、破傷風免疫グロブリンという予防方法もあります。ワクチンは効果が出るまでに2週間程度かかりますが、免疫グロブリンの場合には、破傷風を起こす危険の高いけがをした直後に投与することで、発症予防が期待できます。けがをした後、ワクチンの接種歴が不明な場合などには免疫グロブリンの投与を検討します。

院内感染を起こすタイプも

 ディフィシル菌

 通常の生活の中では、ほとんど感染することはない細菌ですが、院内ではときどきディフィシル菌による感染が起こります。

 ディフィシル菌はある種の抗菌薬の投与が引き金となって感染症を起こします。抗菌薬は感染症を治療するための薬のはずなのに、むしろ感染症の原因になるというのは不思議ですね。

 これには、腸内の絶妙なバランスが関係しています。健康な腸内では、大腸菌などの腸内細菌が優位で、ディフィシル菌などの病気を起こす細菌の増殖を抑えています。ところが、大腸菌などの腸内細菌が抗菌薬でやられてしまうと、ディフィシル菌が増殖し、CD毒素と呼ばれる毒素によって下痢を起こします。

 ディフィシル菌は、本来いくつかの種類の抗菌薬に耐性を持っているために、抗菌薬で他の細菌がやられても生き残ることができるわけです。抗菌薬を中止するだけで軽快することがありますが、軽快しない場合には、ディフィシル菌に有効な別の抗菌薬を投与することで治療します。

中には体に良い菌も

 これまで、「クロストリジウム属は猛毒をばらまく異星人」と、さんざん悪者扱いしてきましたが、最後に、良い菌をご紹介します。

 クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)という菌です。毒素の代わりに、酪酸を産生することで、腸内の環境を整えてくれます。実際に整腸薬として使われています。

 また、猛毒のはずのボツリヌス毒素は、量を調整することで、美容のための薬(ボトックス)としても使われています。善悪の基準は、人間が勝手に決めただけなので、他の菌たちも悪者扱いするのは失礼なのかもしれませんね。(染方史郎)

染方史郎
染方史郎(そめかた・しろう)大阪市立大学大学院医学研究科細菌学教授
本名・金子幸弘。1997年長崎大医学部卒。国立感染症研究所などを経て、2014年から現職。薬が効かない「薬剤耐性菌」の研究をしています。また、染方史郎の名前で、オリジナルキャラクター「バイキンズ®」で、細菌をわかりやすく伝えています。著書「染方史郎の楽しく覚えず好きになる 感じる細菌学x抗菌薬」(じほう)。オリジナルLINEスタンプも発売中。