第2回難民受け入れ「同じ決断する」 是非問われたメルケル氏

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バッハーラッハ=野島淳、イスタンブール=高野裕介
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危機の宰相 メルケル氏の遺産(2)

 内戦が続くシリアなど中東・アフリカの紛争地から逃れた大勢の人たちが2015年9月、欧州各国を通ってドイツに次々とやってきた。首相のメルケルが自国での受け入れを認めたためだ。

 メルケルはベルリン郊外の難民収容施設を訪ね、難民申請者の男性と一緒に写真を撮った。その後の記者会見では、受け入れ反対の声を一蹴した。

 「緊急時に困った人たちに温情を見せて謝罪しなくてはいけないのなら、ドイツは私の国ではない」

 米誌フォーブスで「世界で最も影響力ある女性」に10年連続で選ばれてきたメルケル首相が9月の総選挙に立候補せず、引退する。難民危機で失った国内の支持は回復。コロナ危機やユーロ危機、ウクライナ危機など数々の危機で、解決に向けた議論の中心にいた。「危機の宰相」は何を成し遂げ、何を次世代に託すのか。

写真・図版
ベルリンの難民申請者収容所で2015年9月10日、申請者と一緒に写真を撮るメルケル首相=ロイター

 エーゲ海で遭難し、トルコの海岸に打ち上げられた3歳のシリア人男児の遺体写真が世界に配信され、難民救済の機運も盛り上がっていた。だが、受け入れの準備は不十分だった。

 欧州連合(EU)のルールでは、難民申請の希望者は最初に入国した国で手続きをするため、EU域外の国と国境を接する国の負担が増す。ハンガリーは耐えかねた。隣国オーストリアへ難民の引き受けを求め、オーストリア首相は困り果ててメルケルに相談。メルケルが緊急避難的に国境を閉じない判断をしたのだった。

 ところが、数万人が殺到したことで、保護施設の多くは満員になった。申請の受け付け作業は滞り、地方政府などからは「限界だ」との声が上がった。

 メルケルは「我々だけでは負担は背負えない」と、欧州連合(EU)各国に協力を要請。計16万人の難民を各国で分担して受け入れる方針をまとめた。だが、ハンガリーなど中東欧諸国はもともと受け入れに反対で、結局、分担は進まなかった。

 メルケルはトルコにも頼った。シリアなどから密航する人たちをトルコに送り返す見返りに、EUがトルコに対し巨額の資金支援をする16年3月の合意は、メルケルが主導した。それでも、ドイツで難民申請をした人は15~16年で、120万人を超えた。

 ドイツ国内では「自分たちの…

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