智弁和歌山、唯一背番号ない3年 自分と向き合い裏方へ

滝沢貴大
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 智弁和歌山には後方から選手を支える3年生部員がいる。記録員の黒木隆成君。同学年の12人のうち、唯一背番号を着けていないが、ベンチで選手と一緒に全力で戦う。「『チームが勝つために』をモットーに過ごしている」。甲子園入り後もチームの裏方に徹し、毎日汗を流している。

 甲子園出場を決めた7月下旬。智弁和歌山のグラウンドで選手たちが練習をする中、黒木君はスプリンクラーでグラウンドに水をまいていた。実はこの作業をするのは初めてだった。普段は中谷仁監督や芝野恵介部長らがやっている。「手で蛇口をふさいで水をコントロールするんですけど、痛いし難しくて。こんな大変なことをやってくれていたんだと気づきました」

 黒木君はグラウンド整備を始め、飲み物の調達、試合中のスコアつけや相手校の分析など、マネジャーとしての仕事をこなしている。

 身長180センチと恵まれた体格で、中学時代は和歌山市の選抜にも選ばれた投手。自信を胸に智弁和歌山の門をたたいたが、名門のレギュラー争いは過酷だった。同学年だけでも中西聖輝君や伊藤大稀君、高橋令君と全国レベルの好投手がそろう。「入学して最初のころは『他校に行っていれば』なんて考えたこともあった」

 3年生になり、自分と向かい合った。「限界だな。春季県予選で区切りをつけよう」。中谷監督に「気持ちの区切りがついた。サポート役に回りたい」と伝えると、「裏へ回るのは本当に大変だが、がんばれ」と言葉をかけてもらった。同予選の田辺工戦で、登板の機会を与えられた。「背番号11を着けさせてもらった。ほんまにうれしかった」。野球選手としては、これで「引退」した。

 裏方の仕事をいざ始めると慣れないことばかりで大変だった。「自分を犠牲にしてでも、とにかくチームメートが良い場所で良い試合ができるよう、全力でサポートしよう」と必死で取り組んだ。宮坂厚希主将は「朝早くから練習が終わるまで、自分たちが日本一になるために毎日支えてくれている。勝って恩返ししたい」と話す。

 選手としての甲子園出場はかなわなかったが、智弁和歌山に入って良かったと満足している。「こんなすごい投手陣と一緒に練習できて、戦えたのは本当にありがたいこと。人間的にも成長させてもらった」

 和歌山大会では記録員としてベンチ入りした。優勝が決まった直後、仲間たちから「ありがとう」と声をかけられた。「泣いてしまった。ほんまにやってきてよかった」。甲子園でも記録員としてベンチ入りし、仲間を支える。(滝沢貴大)