昨春から父と秘密特訓 倉敷商・三宅投手、親子で甲子園

中村建太
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(11日、高校野球選手権大会 智弁学園10-3倉敷商)

 30年前に父が立った甲子園のグラウンド。倉敷商の先発を任された三宅貫太郎君(3年)はプレーボール直前、まっさらのマウンドに一礼し、高ぶる心を落ち着かせた。

 倉敷商OBの父・正城さん(49)は同校が1989年夏と90年春、甲子園に出たときのメンバー。夏は捕手をしていた。

 「すごく緊張したけど最高の舞台やった」。父が宝物のように語る話は、野球を始めた小学2年の時からいつも頭にあった。でも、自分の力で目指せる場所ではないのでは――。同じ倉商には入ったが、試合に出られるのかさえ自信が持てないまま、1年が過ぎた。

 昨年春、コロナ禍で休校になった時。「キャッチボールするか」。珍しく父が誘った。軽く投げ合ううち、お互い力が入った。「座って受けてよ」。そう頼んでみたのが、秘密特訓の始まりだった。

 自宅に近い公園で、父のアドバイスで投球を見直した。「ピンチでも厳しいコースで勝負しろ」。技術はもちろん、父は状況をよく見て気持ちを強く持て、と繰り返し説いた。今夏まで続いた特訓で球速は10キロ近くアップし、変化球もキレを増した。

 背番号10を背負い、岡山大会では3試合に先発。丁寧な投球で接戦を勝ち抜く原動力となった。甲子園でも「最も緩急を使える」と先発に抜擢(ばってき)され、多彩な変化球で智弁学園打線に的を絞らせなかった。四回につかまったが、梶山和洋監督が「100点」とたたえる堂々とした投球だった。

 相手の校歌を聞きながら、悔し涙を指でそっとぬぐった。三塁側内野席から見守った父への思いを聞かれ、「(成長を)見せることができた」「楽しかった」と胸を張った。

 正城さんは「自分と同じユニホームで甲子園に出てくれて感無量。平凡な選手も努力すれば出来る、と示せたんじゃないですか」と喜んだ。

 試合後、息子から届いた「ありがとう」というLINEに、「ここまで連れてきてくれて感謝してる」と返信した。(中村建太)