日航機の搭乗口で離した手 母が健ちゃんを語れるまで

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松田果穂
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 日本航空のジャンボ機が墜落し、520人が犠牲になった事故から12日で36年を迎えた。

 日航機墜落事故で次男を亡くした美谷島(みやじま)邦子さん(74)=東京都大田区=は、事故後に遺族の連絡会を立ち上げ、36年間にわたり事務局長を担ってきた。大切な人を失った悲しみを仲間と共有する場を守り、事故を風化させまいと各地で講演を続けた。美谷島さんも12日、尾根を登った。「御巣鷹はたくさんの涙を受け止めて優しい山になった。これからも命を伝えていく場所であってほしい」と願う。

 事故のあった日。美谷島さんの次男・健(けん)君(当時9)は、親戚のいる大阪に向かった。初めての一人旅で、甲子園阪神電車を楽しみにしていた。空港の搭乗口でつないでいた手を離すと少し不安げな顔をした。機内に誘導した係員の女性にこう言ったという。「ママとすぐ会えるよね」

 帰宅後、「日航機がレーダー…

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