3代続けて夏の甲子園に出場 県岐阜商の松野選手

佐藤瑞季
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 第103回全国高校野球選手権大会の岐阜代表、県岐阜商には祖父から3代続けて夏の甲子園に出場する選手がいる。右翼手兼投手の松野匠馬選手(3年)だ。「父も祖父も優勝はできなかった。自分がその夢をかなえたい」と意気込む。大会第3日の第2試合で明徳義塾(高知)との初戦を迎える。

 祖父・勝治さん(77)は1961年夏、岐阜商(当時)の外野手として甲子園の土を踏んだ。全4試合に出場し、ベスト4まで勝ち進んだ。優勝は「怪童」と呼ばれた尾崎行雄投手がいた浪商(現・大体大浪商)。対戦できなかったが、宿舎のテレビで試合を見て、球の速さと伸びに驚いたという。「同世代で、同じ甲子園にいたので戦いたかった。球を打ってみたかった」と話す。父・文治さん(47)は1992年夏に控え捕手としてベンチ入り。チームは3回戦まで進出した。

 そんな2人から「甲子園の素晴らしさ」を聞かされて育った松野選手。「祖父は甲子園の初打席は三振だったとか細かいことまで覚えている。自分にはテレビでしか見られない場所だったけど、きっとすごい場所なんだろうなと思った」

 小学1年で野球を始め、目標を甲子園出場に定めた。中学で注目され、高校進学時には東海地方の強豪校から誘いもあったが、祖父、父と同じ県岐阜商を選んだ。

 1年生からベンチ入りし、昨夏の交流試合と今春の選抜大会は投手として出場した。選抜大会ではボールが先行し、九回裏に高めに浮いた球を打たれてサヨナラ負け。「(甲子園では)プレッシャーをはねのけるような強い気持ちが大切だと学んだ」。3度目の甲子園で登板機会があれば、自分のテンポで、相手にフルスイングさせない投球を心がけるという。

 社会人の王子製紙でも活躍した勝治さんは3代続けての出場について「熱意ある指導者との巡り合い、切磋琢磨(せっさたくま)できる仲間との出会い、本人の素質と努力など、いい条件が重ならないと出場できるもんじゃない。感慨深いし、ありがたい」と話す。今も愛知県春日井市の自宅から県岐阜商のグラウンドに足を運び、孫のプレーを見るのが楽しみという。

 父親の文治さんは「甲子園で試合ができるのは全国の球児の一握りで幸せなこと。思いっきり楽しんで欲しい。本塁打をみたい」と期待する。

 松野選手は「2人はできなかった全国制覇という夢を自分がかなえたい。家族、チームのためにも、絶対に勝ちます」と力を込めた。(佐藤瑞季)