西島秀俊の人生を変えた衝撃 カンヌ受賞作につながる縁

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聞き手・佐藤美鈴
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 7月のカンヌ国際映画祭で脚本賞に輝いた「ドライブ・マイ・カー」に主演する西島秀俊。濱口竜介監督とは初仕事だが、2人がともに「衝撃を受けた」と振り返る、20年以上前の共通体験があった。それは、米インディペンデント映画の父とも呼ばれるジョン・カサベテス監督の特集上映。配給会社は、くしくも今回の「ドライブ・マイ・カー」の製作・配給と同じだった。西島は当時貪(むさぼ)るように読んだものの「封印」していた本に、今回濱口監督の勧めで再び向き合ったという。「20年も前のことがすごい射程で返ってきた。もう一回、チャレンジする時期なのかな」と語る。

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西島秀俊さん=遠藤啓生撮影

 ――濱口監督とは今回が初めての仕事。どんな印象でしたか

 もちろん「PASSION」とかも見てすごいと思っていたけど、「寝ても覚めても」が衝撃的で、総合力がすさまじいと改めて感じた。そのことをインタビューで答えていたのを濱口さんが見て下さってお話をいただけた。

 本当にすごい才能が、世界的な監督になる人が日本に現れたな、という印象ですね。

 ――濱口監督の作品の魅力は

 今の人の心の中がちゃんと映っていて、人と人との気持ちがどうしてもつながり切れずに離れていたり、相手がどうしても分からない部分があるという断絶みたいなものが広がっている中、すごく厳しく描くけど、最後に何か言葉で乗り越える瞬間みたいなものがいつも映っている。それが現状ですと諦めずに、その先を常に描いている。

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「ドライブ・マイ・カー」(C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

 そこにはわずかな希望があって、コミュニケーションをとる、話を、言葉を、紡ぎ続ける。それが唯一の希望で、世界の人たちにとっても確かな希望に見えるのかな、と個人的には思っています。

解決しようのない傷

 ――ファンだったという村上春樹さんの原作で、今回の主人公・家福(かふく)悠介の役はどのように解釈して演じましたか

 解決しようのない出来事があって、唯一の存在まで失って、どうしようもないものを抱えた男が、それでも生きていく。生きていって、その傷と向かい合う。

 この映画の登場人物はみんなどこか傷を負っていますけど、おそらく誰もが、解決しようのない傷みたいなものを持っている。だから、この役を物語のために救うんじゃなくて、濱口さんが紡いだ言葉でこの役が本当に救われるんだとしたら、それは本当に希望だと思うし、どこか祈り続けながら演じていたというところがあります。

 ――「解決しようのない傷」というのは、ご自身にもあるのでしょうか

 あると思いますね。でもそれは人には言わないものですから……。

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西島秀俊さん=遠藤啓生撮影

 ――「本読み」をはじめ濱口監督による独特な演出方法で、役者としても特別な「何か」が引き出される感覚がありましたか

 そうですね。ジャン・ルノワール、また「シネマトグラフ覚書」でロベール・ブレッソン(ともにフランスの監督・脚本家)もそのやり方は書いてますけど、現代で実際にやってみると、本当に理屈で相手のせりふが全部入って、感情が初めてのっているという以上の、なにか目の前で人が急に生き始めるような不思議な魔法がかかるんです。どのシーンでも感動があって、よく知っている人が全然違う面を見せてくれた時みたいに、本当にドキドキしたりハッとしたりしているんです。

 あれは不思議な体験でした。理屈を超えた何か、感動が、どのシーンでもあった。本当になんでもないシーンでも、この映画のどのシーンにもある強度があるとしたら、そこのことなのかなと思いますね。

 ――本読みだけでなく、かつてあったであろうシーンをリハーサルでやったり、質問にキャラクターはどう答えるか事前に考えたりと、色々な演出があったそうですね

 台本以外にも監督が作った色々なテキストが本当に山のようにあって、それだけのものを自分の中に取り込んでそこに立っているので、それは本当に今までとは違う体験でした。

「小さいうそ」をなくす現場

 ――大変さもあったのでは

 いやー大変でした。正直、本当に大変でした(笑)。

 やっぱり、鋭い。例えば、僕…

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