爆破予告、逃走、そして最後の夜に…ウガンダ選手団裏話

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矢島大輔
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 東京オリンピック(五輪)のウガンダ選手団を受け入れた大阪府泉佐野市のホテルの社長が取材に応じ、新型コロナ感染や選手の逃走劇の舞台裏を語った。一時は誹謗(ひぼう)中傷の電話が鳴り続け、警官に来てもらった。それでも「今後も交流を続けたい」と思える出来事があった。

 「ホンマに連れてくるんか。それはないんちゃうんって思った。国は想定してなかったのかって」

 泉佐野市の「ホテルニューユタカ」の西隆社長(64)は、ウガンダ選手団が来日した際の心境をそう振り返る。

 来日は6月19日。成田空港に着いた9人のうち、1人が空港で新型コロナ陽性と判明した。しかし残りの8人は、濃厚接触者の判定がなされないまま、翌20日に事前合宿先の泉佐野市に到着。ホテルのスタッフたちは急きょ、フェースシールド、手袋、同市から貸与された防護服を着用して対応することになった。

 その後、8人は大阪府保健所によって濃厚接触者と認定され、ホテルの部屋に隔離された。しかし、23日にもう1人が陽性と判明。感染力が強いとされるデルタ株だった。

 「誹謗(ひぼう)中傷の電話が鳴りやまなくなり、仕事にならへんかった。『なんで連れてきたんや』って」

 ホテル名は報道され、広く知られていた。ホテルを爆破すると告げる電話もかかってきたという。警察官がホテルにひんぱんに巡回するようになり、宅配便などの中身をチェックした。宿泊予定客のキャンセルも出た。「一番つらかった時期。毎日が緊迫していた」

「何で逃がしたんや」また嫌がらせ電話

 その頃、地元のラジオ局が「…

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