変わる景色、変わらない現実 沖国大ヘリ墜落から17年

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寺本大蔵
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 女性はこの17年、ほぼ毎年この日に現場を訪れ、周囲の住宅街を歩き、写真を撮ってきた。家が建て替えられていたり、雑木林がお墓に変わっていたり。景色の変化がわかると、「変わらない現実」がいっそう際立ち、胸が苦しくなる。

 女性は、切り紙作家の新川美千代さん=沖縄県浦添市。17年前の8月13日、当時の自宅から北に5キロの沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した。普天間飛行場のすぐ隣だった。テレビの速報で知り、車を走らせて現場へ。真っ黒に焦げた校舎の壁を目にした。

 「いつ空から米軍機が降ってくるかわからない」

 幼いころから聞かされてきた、戦前生まれの父の言葉を思い出した。米軍統治下の1966年、親族の男性が車で走行中に墜落した米軍機に激突され、亡くなった。33歳だった。

 新川さんは大人になって現場を通るたび、慰霊碑さえない一方、次々と離着陸する米軍機の姿に違和感を覚えた。沖縄国際大学への墜落事故は住民にけが人はでなかったが、米軍が現場を7日間封鎖するなど、異様な日米関係の姿があらわになった。

 事故の証拠を残したい。新川さんは学生らと「黒い壁」の保存運動を始めた。しかし、大学側の解体方針で断念。その後に始めたのが、学生や住民が撮影した現場写真を集めることだった。

 墨汁をぶちまけたような焦げ…

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