土は情報の宝庫 明日香村教委文化財課 西光慎治さん

渡辺元史
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 「土は情報の宝庫。土との対話から古代の人の思いをくみ取る」。奈良県明日香村教育委員会文化財課の西光慎治さん(50)の現場主義は、小学生時代から変わらない。「一つとして同じ現場はない。目で見て触って確かめるから、遺構の性質をきちんと見極めることができるんです」

 大阪府富田林市出身。歴史が大好きな少年だった。小学校の図書室で高松塚古墳の発見について書かれた児童書を読み、興味を持った。高学年になると、自転車で竹内峠を越えて何度も明日香村を訪れた。雪が降るなか、遺跡を巡ったこともあった。

 大学から古墳研究に取り組んだ。授業で研究方法の理論について学び、週末はアルバイトで自治体などの発掘調査を手伝って手順や土の層の見方を覚えた。「人が介在した土は、自然に堆積(たいせき)したものとは全然違う」。座学では得られない経験を積んだ。

 大学院で博士号を取得したが、当時はバブル景気がはじけた後で卒業後の就職先はなかなか見つからなかった。そんなとき村が嘱託職員を募集していた。「本当に縁でした」。1997年に技師として就職。足しげく通った飛鳥時代にどっぷりつかることになった。

 真っ先に担当したのがキトラ古墳。石槨(せっかく)内部にマイクロスコープを差し込むために墳丘にドリルで穴を開け、白虎や天文図などの極彩色の壁画を確認した。2000年には、酒船石遺跡で、祭祀(さいし)に使ったとされる亀の形をした流水機構、亀形石造物を掘り当てた。現地説明会には、雪がちらつくなか約6千人が訪れた。

 斉明天皇が埋葬された可能性があるとされる牽牛子塚古墳の発掘では、これまでの現場主義が貴重な発見を引き寄せた。

 墳丘の土台を調査した際、違和感があった。丘陵地なのに墳丘の周りに平らな場所が多かったからだ。その一角を掘ると別の石室が見つかった。地名にちなんで越塚御門古墳と名付けられた。日本書紀には斉明天皇の陵墓の前に、孫の大田皇女の墓があると残る。牽牛子塚古墳の価値を考えるうえで、この発見は話題となった。

 牽牛子塚古墳は、当時の天皇陵に見られる八角形の墳丘が特徴的だ。村教委では、八角形がはっきりと分かるよう、墳丘を凝灰岩で保護し、築造当時の姿をよみがえらせようとしている。また、かつての呼称「あさがお塚」にちなみ、古墳周辺にアサガオを植え、多くの人に楽しんでもらえるよう取り組む。

 西光さんは「調査をもとに飛鳥時代の姿を復元し、一般の方にも『生きた文化財』に触れてもらう機会を増やしていきたい」。(渡辺元史)