豪雨被災、旅館は泥だらけ…絶望する女将に1本の電話

村上伸一
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 昨年7月の記録的豪雨による災害で被災した熊本県人吉市の国登録有形文化財「人吉旅館」が、10月1日に営業を一部再開する。被災した旅館を見てぼうぜんとなった女将(おかみ)にやる気を起こさせたのは、文化財登録を支援した女性研究者だった。

 「女将、大丈夫よ。絶対修復できるから」

 人吉旅館の女将、堀尾里美さん(63)は被災して間もなく、1本の電話を受けた。文化財登録を実現してくれた熊本高専特命客員教授の磯田節子さん(71)=建築・都市計画専攻=からだった。堀尾さんは取材に、「私の頭の中が真っ白だった時に、電話の力強い声に励まされてやる気が出た」と振り返る。

 1階は机や畳が折り重なり、天井から板がはずれてぶら下がっていた。泥だらけでどこから手をつけていいかわからず、絶望的な気持ちだったという。

 磯田さんは電話の後、宇城市内の事務所から旅館に駆けつけた。館内は泥まみれだったが、柱や梁(はり)など建物を支える構造が無事なことを確認。修復できるとの自信を深めた。

 約90年の歴史を持つ近代和風建築の人吉旅館が国の文化財に登録されたのは2013年。その約1年前に、歴史的な建物の保存などに詳しい磯田さんに堀尾さんたちから協力の要請があった。

 磯田さんは教え子たちの研究の題材にさせてもらうことを条件に、無償で引き受けた。磯田さんの指導を受けながら、3人の学生が1部屋ごとに実測図面を作っていった。毎週1回訪れ、半年かけて完成。「ここでの経験をもとに教え子たちが卒業論文を書くことができ、私たちにも十分なメリットがあった」と磯田さんは話す。

 磯田さんは登録申請当時の図面や写真をすべて保存していた。被災を知った時、「現地へ行って修復を手伝わなくちゃいけない。自分にしかできない」と思った。被災建物などの修復に詳しい建築士など十数人とプロジェクトチームを組み、修復を始めた。

 堀尾さんは磯田さんのことを「恩人」と呼ぶ。被災から1年にあたる7月の再開には間に合わなかったが、10月には玄関、ホール、厨房(ちゅうぼう)、大広間、浴場が使え、宿泊もできるようになる。「7割ほどまで再開できる」と磯田さん。すべて完成するのは来年5月の見通しだという。

 磯田さんは、人吉旅館と並行して人吉市内の芳野旅館の国文化財登録も支援した。芳野旅館の修復も手伝っており、11月の一部再開、来年9月の全面再開をめざす。(村上伸一)