遣欧少年使節・千々石ミゲルの墓所か 子孫らが最終調査

森川愛彦
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 長崎県諫早市多良見町で2003年に見つかり、16世紀の天正遣欧少年使節の一人、千々石ミゲルを埋葬した可能性がある墓所の第4次調査が23日に始まる。子孫にあたる浅田昌彦さん(67)ら調査メンバーは最終調査と位置づけ、ミゲルの遺骨や、棄教したとされるミゲルが信仰を捨てていなかった証拠となる副葬品の発見をめざしている。

 調査は10月8日までの予定で、浅田さんのほか、大石一久・元長崎歴史文化博物館グループリーダー、田中裕介・別府大教授らが担当。ボランティアも含め、1日10人ほどの態勢で発掘する。見学も可能だ(要マスク着用)。

 調査費用は約1500万円と見込んでおり、このうち1040万円を6~7月に実施したクラウドファンディングで集めた。不足分は浅田さんが私費で負担する一方で、さらに寄付を募る方針だ。

 墓所は浅田さんの所有地にあり、江戸初期のものと見られる石碑にはミゲルと妻と思われる2人の戒名が並んで刻まれている。17年の第3次調査までに領主級の墓所形式を模したものと判明。キリシタン大名大村純忠の親族で、付近一帯の領主だったミゲルと妻の墓の可能性が強まっている。

 また、これまでにミゲルの妻と思われる若い女性の遺骨と、ロザリオの一部と推定されるビーズ玉などの副葬品が見つかり、地中のレーダー探査では、ミゲルが埋葬された可能性がある空洞も確認されている。浅田さんによると、石碑は仏教様式だが、墓所内部はキリスト教様式で、潜伏キリシタン信者を埋葬した公算が大きいという。

 墓所を所有する浅田さんの先祖は江戸時代、大村藩の家老職を務めており、この墓所について「埋葬者の生前の名も出身もわからないが、先祖同様にまつれ」という言い伝えが代々受け継がれてきたという。

 浅田さんは「受け継いできた墓にどなたが眠っているのか、私の代ではっきりさせることが役割。今回の調査でその役割を果たしたい」と話している。寄付や見学の問い合わせは浅田さん(050・5235・5329)へ。(森川愛彦)