耳にした思いがけぬ話 車にしがみつき200キロ駆けた

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足立菜摘
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 75年前の春、16歳の少年はトラックの後ろにしがみつき、いくつもの丘を越えた。見つかれば殺されるかもしれない。それでも日本に戻りたかった――。戦時中、旧満州中国東北部)に渡った、愛媛県新居浜市の有明茂さん(91)。戦後76年のこの夏、胸のうちに長年秘めてきた引き揚げの体験を初めて語った。

 有明さんは、現在の香川県観音寺市の農家に生まれ、多くの兄弟に囲まれて育った。旧満州の撫順に渡ったのは1944年4月。14歳のときだった。政府からの給付金を受けながら勉強を続けられると聞き、身一つで撫順の軽金属製造会社の訓練所に入った。

 移住してしばらくは平穏な日々が続いた。胸を張って街を歩き、週末には友人らとラーメンを食べに行くのが楽しみだった。暑い日には巨大なダムで泳ぎ、貝を採った。

 45年8月15日。日常の全てがひっくり返った。

 中国人を痛めつけていた日本人は捕らわれ、銃殺された。侵攻してきたソ連兵は、金目になるものを根こそぎ奪っていった。

 食べるものも稼ぐ手段もない。寒さが厳しくなる11月ごろ、生きるため、同じ訓練所に通っていた仲間約20人と、中国の「東北人民自治軍」に参加した。国民党との戦いの後方支援のため、各地を転々とした。

 翌46年3月ごろ、思いがけないうわさを耳にした。

 「日本人を南の方から順番に…

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