「野球できるのは夢でした」 平和願った終戦直後の球児

編集委員・安藤嘉浩
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 戦後初めて全国高校野球選手権大会が中止された昨年夏、終戦直後に白球を追った先人が相次いで亡くなった。

 黒田脩さんは終戦から丸1年後の1946年8月15日、西宮球場で復活した第28回全国中等学校優勝野球大会(現在の選手権大会)の開幕試合で、京都二中(鳥羽が継承校)の1番打者として一回表の打席に立った。晩年まで甲子園を訪れ、「何か起きれば、また野球ができなくなる。平和を守らなければいけません」と語っていた。

 昨夏の大会中止が決まった時に電話すると、「寂しいねえ。私たちにとって野球ができるのは夢でした。その時と同じでしょう」と病床で球児を気遣った。

 福嶋一雄さんも戦争による中止の歴史を思い出したという。甲子園に会場が戻った第29回大会(47年)から2連覇を達成した福岡・小倉中(第30回は小倉)のエースだ。「自分ももう少し早く生まれていたら同じ無念を味わっていたはず」と同僚の取材に答えた。

 福嶋さんは昨年8月27日に89歳で、黒田さんは同31日に91歳で亡くなった。

 きょう15日は終戦の日。コロナ禍でも大会が復活したことを先人に報告し、平和を祈りたい。(編集委員・安藤嘉浩