第8回「反対→ゴリ押し→あきらめ」の流れ止めろ 今井一さん

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聞き手・矢島大輔
写真・図版
語る東京五輪⑧
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 閉幕した東京オリンピック(五輪)。新型コロナウイルスの感染拡大で中止や延期を求める世論が高まったが、政府は開催に突き進んだ。「民意」と離れた意思決定がなされたのはなぜなのか。市民自治や住民投票に詳しいジャーナリストの今井一さん(67)は「日本の悪弊が続いている証し」と言う。

 ――今回の五輪が残したものは何ですか。

 相も変わらず、時間や税金、労力といった国民に様々な負担をかける国家的事業が、国民の意思に関係なく、一部の利害関係者だけで決められ、しかもその責任を誰も取らない。この五輪は「コロナに打ち勝った証し」ではなく、「日本の悪弊が続いていることの証し」を示している、と思います。

 国会前のデモが盛り上がった安保法制の時や福島の原発事故後にみられた、「反対」→「ゴリ押し」→「あきらめ」→「納得」のサイクルが、極めて分かりやすいかたちで今回も起きたことが印象的でした。戦後76年の間、日本で繰り返されてきた光景です。

 ――どういうことですか。

 五輪の開幕前、コロナの感染拡大で、各社の調査で延期や中止を求める世論が6~7割に上りました。しかし、主催者は後戻りすることなく開催を強行しました。その結果、次第に反対の世論は薄まっていきました。閉幕後の一部の世論調査では、一転して6割以上が「やってよかった」となりました。

 主催者側には「いざやってしまえば盛り上がる」との思惑があったから、反対の世論を無視してゴリ押しできたわけです。終わってしまえば、野党側が五輪開催の正当性について追及したとしても、与党側は「結果的に世論が支持してくれている」とかわすだけでしょう。

 これでは政治に緊張感が生まれるわけがありません。「反対」→「ゴリ押し」→「あきらめ」→「納得」の繰り返しに終止符を打つべきです。

IOCが恐れた住民投票 東京五輪の是非、問えなかった理由

記事の後半では、住民投票という手段について語ります。実は、世界各地の五輪の開催・招致都市で住民投票が行われ、撤退が相次いでいます。なぜ、東京五輪では開催の是非が住民投票で問われなかったのでしょうか。

 ――どうすればよかったので…

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