第7回限界が露見した人新世の五輪 斎藤幸平さんが求める転換

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片田貴也
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語る東京五輪⑦
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 東京オリンピックが閉幕した。期間中に都内では新型コロナウイルスの「爆発的感染拡大」が進行するなど、多くの問題が相次いだ異例の大会は、今後の五輪にどのような教訓と課題を残したのか。資本主義の限界を説いた『人新世の「資本論」』で話題の経済思想家・斎藤幸平さんに聞いた。

透けた五輪の本質

 ――東京五輪をどのように見ましたか。

 コロナ禍で無観客での開催となり、盛り上がりに欠けましたよね。そのため、コロナが原因で五輪は成功しなかったという総括になりがちです。ですが、それでは問題の本質が見えなくなります。いちばんの問題点は、資本主義が五輪を金もうけの道具にしてきたことです。

 ――どういうことでしょう。

 米国の政治学者ジュールズ・ボイコフは、五輪のようなメガイベントの本質を「祝賀資本主義」と批判しました。人々がお祭り騒ぎをしているのに便乗して、政府や開催都市の大型支出によって特定の企業だけが利益をむさぼり、その分のツケを国民に押しつけるというものです。

 選手への期待やゲームの感動で、本当の問題を覆い隠すことをスポーツウォッシングともいいますが、「選手が頑張っているんだからつべこべ言うな」という同調圧力も、スポーツウォッシングの一種でしょう。

 しかし、今回の五輪は、コロナの感染爆発のせいでスポーツウォッシングの効果があまり発揮されず、祝賀資本主義の舞台裏が透けてみえるようになりました。こんなにコロナの状況が悪いのに強行開催されて、「やはり利権なんだな」と一般の人も気づいたし、自粛営業を強いられる飲食店も「なぜ自分たちだけが五輪のために犠牲を強いられるのか」と反発した。スポンサー企業までもがイメージ悪化を恐れて、CMを取りやめるところまできました。

コロナ禍で世論が分断された中、東京五輪が幕を閉じました。識者は今、どう考えているのでしょうか。寄稿やインタビューでお伝えする連載です。

 ――1984年のロサンゼルス五輪が商業五輪の原点と言われますが、今回は商業化の果てということですか。

 そうです。商業化を「祝賀」…

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