米軍アフガニスタン撤退、蘇るサイゴン陥落 再び敗走か

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ワシントン=高野遼
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 サイゴン陥落時の混乱が再び起きてしまうのか――。米軍がアフガン撤退を急ぐなか、46年前のベトナム戦争の記憶が米国で大きな注目を集めている。当時、米大使館の職員らがヘリコプターで逃げるようにサイゴンから脱出し、米国の敗北を象徴するシーンとなった。米国はいま、アフガニスタンで再び敗走を強いられようとしている。

 「カブールは陥落する。その時、サイゴンでの失敗を繰り返して欲しくないと願っている」

 1975年4月、ベトナム戦争の終結時に海兵隊員として、南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)にいたドグラス・ポトラッツさん(68)は言う。

 「いまのアフガン情勢は、ちょうどサイゴンが陥落する直前のようだ」。最後の1カ月、旧ソ連や中国などの支援を受けた北ベトナム軍が次々と都市を制圧し、南ベトナムを支える米国は苦境に追い込まれていた。

 脱出に備え、サイゴンの米国大使館では中央情報局(CIA)のリポートなど機密文書の焼却処分が始まり、焼却炉からは24時間、煙が上がり続けた。

 陥落の1週間ほど前から、大使館前には多くのベトナム人の元大使館職員らが殺到したという。サイゴンが陥落すれば、米国への協力者として危害を加えられると恐れたためだ。

 撤収直前の4月末には、建物の前には1万人近い人々が集まったという。ポトラッツさんは大使館のゲート越しに、人々に対応した。「トラウマになる体験だった。もし私が『ノー』と言えば、彼らにとっての死刑宣告のようなものなんだ」

 当時、サイゴンでは空港の襲撃を許し、ヘリコプターでの避難しか手段がなかった。海兵隊は200人足らずで、最後の2日間で6千人を脱出させた。だが取り残されたベトナム人も多かった。

 街では略奪が横行し、米軍の拠点だった建物からは火の手が上がっていた。「ただただ、混乱していた。世界の終わりのようだった」とポトラッツさんは振り返る。「今回、米軍は5千人の部隊をカブールに送っている。我々の時より落ち着いてことが進むことを願っている。大使館の屋上からヘリで脱出するようなことにならないように」

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