「数独」の名付け親、鍜治真起さん死去 ニコリを設立

 朝日新聞土曜版beなどに長年連載しているパズル「数独」の名付け親で、パズル制作会社「ニコリ」を設立した同社前社長、鍜治真起(かじ・まき)さんが10日、胆管がんのため死去した。69歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は妻直美(なおみ)さん。後日お別れ会を開く予定で、決まり次第、ニコリのホームページで発表する。

 1951年、札幌市生まれ。印刷会社勤務などをへて、80年に幼なじみ2人と「パズル通信ニコリ」を創刊。読者参加型のパズル雑誌の草分けで、日本のパズルファン層を広げた。80年代半ばには、米国のパズル雑誌にあった「ナンバープレース」というパズルに注目し、「数字は独身に限る」と命名して掲載。略称の「数独」で単行本化され、2000年代には海外で「SUDOKU」ブームを巻き起こし、流行が日本にも逆輸入された。

 数独は、縦3マス×横3マスのブロックを9個組み合わせた正方形の枠内に、1から9までの数字を一つずつ入れていくパズル。鍜治さんは6月29日付の本紙取材に命名の由来をこう語っていた。「『ナンバープレース』に代わるしゃれた名前をつけたかった。そこからは連想ゲームです。一ケタはシングル、シングルと言えば独り、ひとりは独身、というわけです」「ひとりで遊べ、脳の活性化にもつながるのでコロナ禍にもぴったりです」

◇ニコリ・安福(あんぷく)良直(よしなお)社長のコメント

 鍜治さんはいろいろなパズル本を世に送り出し、書店にパズル専門コーナーを作るきっかけを築いたと言えます。「パズル通信ニコリ」は読者参加型の雑誌で、私もその一人でした。数多くのパズル作家を育て、数百種類のパズルを生み出しました。数独ブームのおかげで、“Godfather of Sudoku(数独の父)”と呼ばれ、外国語は話せずとも、だれとでも打ち解けてしまう性格で世界中に友人を作り、行く先々でパズルの面白さを広めました。鍜治さんは、まだ新しい「パズルビジネス」を発展させることを夢見ていました。これらの可能性を追い求め、広げていくことが、私たちの使命と考えています。