実は珍しい、戦前の二宮金次郎像 供出を見逃された謎

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大西英正
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 太平洋戦争の戦乱をくぐり抜けた二宮金次郎の銅像が、岩手県一関市の山奥にある。二宮像は1900年代に入って各地の小学校に建てられていき、戦争の激化に伴い、金属を再利用するため、寺の鐘などと同様に回収されていった。戦前戦中に建てられ、今もある二宮像は珍しいとされるが、なぜ一関市の銅像は残ったのだろうか。

 一関市大東町中川の山間(やまあい)にある旧中川小学校。二宮像はその校庭にたたずんでいる。「普段は草が生い茂っているけど、先日ちょうど校庭を刈り込んだんだ」。学校の隣に住み、農業に携わる及川修三さん(63)が言った。「中川小学校閉校記念誌」に「昭和15年4月1日 二宮尊徳翁銅像建立」と残る。

 二宮金次郎生誕の地、神奈川県小田原市にある尊徳記念館によると地元の神社の1体を除き、「市近辺の学校には戦前戦中に建立されたものは残っていない」という。「小学校の二宮金次郎さん」という著作がある酒匂猛さん(78)ら二宮像研究家も「学校に残る終戦以前の像は確認できていない」と口をそろえる。

 多くの二宮像が国に供出され…

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